「てんし~ん」。 4月8日、午後6時。 満員の有明アリーナにヒーローの登場を待つ黄色い声が響いた。 会場を埋め尽くしているのは、これまでのボクシング興行とは違う、子どもや若者たちだ。それにしても那須川天心(帝拳)の人気はすごい。試合前は、一…

「てんし~ん」。

4月8日、午後6時。

満員の有明アリーナにヒーローの登場を待つ黄色い声が響いた。

会場を埋め尽くしているのは、これまでのボクシング興行とは違う、子どもや若者たちだ。それにしても那須川天心(帝拳)の人気はすごい。試合前は、一般の新聞にも特集が何度も組まれた。これだけの関心を集める24歳の男が、どんなパフォーマンスを見せるのか、ボクシングファンならずとも期待が高まる。

◆那須川天心、デビュー戦でダウン奪い3-0と完勝 「これでボクサーとして見てくれますか」

■開始からペースを握った那須川

突然、花道に炎が上がり、レーザービームが乱れ飛ぶと、お馴染みの入場曲、矢沢永吉の『止まらないHa〜Ha』が大音響で鳴り響いた。いよいよヒーローの登場だ。大きな会場のボルテージが一気に高まる。

グリーンのトランクスでリングに上がった那須川が大きく両手を上げた。シルバーの髪を角刈りにしたのは、彼なりの意気込みの表れか。何度も大舞台を経験している余裕といい緊張感が交差する表情に見えた。一方の与那覇勇気(真正)の表情は、かなり硬い。

第1ラウンド。那須川は端正なサウスポースタンスからスムーズにジャブを繰り出す。そして、いきなりの左ストレート。モーションが小さくよけにくいのだろう、与那覇はこれを顔面に浴びる。開始早々、那須川がペースを握った。

しかし、那須川のパンチはどれも手打ちで体が回転していないため、ダメージを与える威力はない。フットワークも公開された映像で見るほどの軽やかさは感じられない。アピールのつもりなのか、派手なフックは空を切る。

第2ラウンド。与那覇がバランスを崩したところに、那須川の引っ掛けるパンチが後頭部をかすり、バンタム級のランカーはグローブをマットにタッチした。これがダウンの判定となり、カウントが入った。歓声とブーイングが混じる。

■デビュー戦をどう評価するか

与那覇は得意のアッパーが当たらず、かろうじてボディブローで反撃するが、見せ場を作ることはできない。キックのチャンピオンにはふざけたポーズをする余裕も生まれた。

結局、那須川優勢のまま試合終了のゴングが鳴り、大差の判定で神童はボクシングデビューを白星で飾った。一発もクリーンヒットを当てることができなかった与那覇は、うなだれたまま判定を受け入れた。

このデビュー戦をどう評価するかは、意見が分かれるだろう。パンチを当てるセンス、ディフェンスの勘には非凡な素質を感じた。しかし、パンチの破壊力やボディワーク、フットワークは、世界レベルには及ばない。これがどこまでトレーニングで鍛え上げられるのか。

日本タイトルを取っただけでは、本人も周囲も納得しないだろう。一方で、スーパーバンタム級といえば井上尚弥と同じ階級だ。ボクシングでどこを目指すのか、難しい課題が残った試合ともいえる。

■公約通りの完璧な戦いを見せた阿部麗也

今回の興行は、そのほかにも見応えのある試合が多かった。「SPREAD」の独占インタビューに応えた阿部麗也(KG大和)は、見事なアウトボクシングでキコ・マルチネス(スペイン)を完封した。出鼻に強い左ストレートを当てる、公約通りの完璧な戦い方だった。これで次戦はIBF世界フェザー級タイトルマッチとなる。ぜひ、頂点に立って欲しい。

WBOアジアパシフィック ウェルター級王者の佐々木尽(八王子中屋)は、実力者の小原佳太(三迫)を豪快なパンチで失神させた。またもダウンを喫するなど、甘さはあるが一発KOの魅力は十分に証明した。リング上ではエロール・スペンスやテレンス・クロフォードの名前を挙げて世界挑戦をアピール。世界に羽ばたくか…。

井上拓真(大橋)はリボリオ・ソリス(ベネズエラ)との消耗戦を制し、WBA世界バンタム級のタイトルを獲得した。客席からはポイントがせっているように見えたが、ジャッジカードは意外な大差がついていた。兄が手放した4団体のタイトルを集めると宣言したが、そう簡単ではないだろう。

メインイベントの寺地拳四朗(BMB)はアンソニー・オラスクアガ(アメリカ)を9ラウンドTKOで退けた。8ラウンドには挑戦者の勇気ある反撃に劣勢に立たされる場面もあったが、最後は打ち合いに応じ倒し切った。これで3戦連続で内容のいいKO勝ちとなった。次の試合も楽しみだ。

◆那須川天心「大きな舞台で勝ててほっとした」と振り返る 長谷川穂積の指摘には「次から座ります」

◆“モンスター”井上尚弥、那須川天心は「技術が非常に高く、気持ちが強い」

◆「最後は気持ちの戦い」寺地拳四朗、9回TKOで挑戦者との激闘を制す 3団体統一は流れるも「またひとつ強くなった」

著者プロフィール

牧野森太郎●フリーライター

ライフスタイル誌、アウトドア誌の編集長を経て、執筆活動を続ける。キャンピングカーでアメリカの国立公園を訪ねるのがライフワーク。著書に「アメリカ国立公園 絶景・大自然の旅」「森の聖人 ソローとミューアの言葉 自分自身を生きるには」(ともに産業編集センター)がある。デルタ航空機内誌「sky」に掲載された「カリフォルニア・ロングトレイル」が、2020年「カリフォルニア・メディア・アンバサダー大賞 スポーツ部門」の最優秀賞を受賞。