もしかしたら、トップよりも味わい深いかもしれない。それが、2部や3部といったサッカーの下部リーグである。蹴球放浪家・後…
もしかしたら、トップよりも味わい深いかもしれない。それが、2部や3部といったサッカーの下部リーグである。蹴球放浪家・後藤健生も、もちろんその味を堪能している。カルチョの国が、その味わい深さを教えてくれた。
■イタリアが舞台の名作
『ライフ・イズ・ビューティフル』という映画をご存じでしょうか? 原題を「La vita e bella」という1997年のイタリア映画で、監督・脚本・主演はイタリアのコメディアン、ロベルト・ベニーニです。
あらすじは、第2次世界大戦末期、ドイツ占領下のイタリアでユダヤ系イタリア人のグイド(ベニーニ)と妻のドーラ、息子のジョズエの3人がナチス・ドイツの強制収容所に送られてしまいます。そして、グイドは息子に不安を与えないように「これはゲームなんだ。ゲームに勝ったら戦車に乗って家に帰れるんだ」と言い聞かせます。
なんとか生き延びた2人でしたが、連合軍による解放直前にグイドは射殺されてしまいます。しかし、「これはゲームなんだ」と信じて隠れていたジョズエの前に、本当に連合軍の戦車が現われ、戦車に乗せられたジョズエが母との再会を果たすという、ユダヤ人迫害をコミカルに描いた涙と笑いを誘う作品です。
この映画の舞台となったのが、イタリア中部トスカーナ州のアレッツォという人口10万人ほどの街でした(ベニーニも、アレッツォ近郊で生まれたそうです)。古代ローマより古いエトルリア時代からの長い歴史を持つ古い美しい街です。
■現在4部リーグのクラブ
僕が、アレッツォを訪れたのは2006年3月のことでした。
僕は映画も好きで、『ライフ・イズ・ビューティフル』も見ていましたが、別に「聖地巡礼」のつもりでアレッツォにやって来たわけではありません(2006年当時には「聖地巡礼」などという言葉も知りませんでしたしね)。
では、なぜ僕はアレッツォに行ったのか……。もちろんサッカー観戦のためです。
「えっ、アレッツォに有名なチームなんてあったっけ?」と思った方は、イタリアのサッカーに詳しいに違いありません。
アレッツォには「SSアレッツォ」というクラブがありますが、現在はセリエD(つまり4部リーグ)に所属しています。
1923年に「ユベントス・フットボール・クラブ・アレッツォ」として創設されたクラブは、その後「USアレッツォ」として活動していましたが、1993年に破産。そして、再建されたクラブは何度かクラブ名を変更し、現在の「SSアレッツォ」となりました。
僕が、アレッツォを訪れた2006年には「ACアレッツォ」としてセリエBに所属。2005-06シーズンは7位になって、昇格プレーオフ圏内(6位以上)に後一歩及びませんでしたが、アレッツォにとっては“黄金時代”。その年の秋からは、あのアントニオ・コンテが監督に就任します。
■日本代表の「おまけ」
でも、僕はなんでわざわざアレッツォまでセリエBの試合を見に行ったのか?
答えはただ一つ。3月3日は金曜日で、セリエAの試合がなかったからです。前々日には、フィレンツェでイタリア対ドイツの親善試合を観戦。そのままフィレンツェに泊って、金曜日に約60キロ離れたアレッツォでセリエBを観戦したのです。
ヨーロッパに行った目的は2月28日にドイツ・ドルトムントのジグナル・イドゥーナパルクで行われた日本代表対ボスニア・ヘルツェゴビナの試合でした。2006年のワールドカップ出場を前に、ジーコ監督の日本代表にとって大事な強化試合でした。
前半終了間際に中村俊輔のCKから高原直泰がヘディングで決めて先制したものの後半に逆転されますが、90+4分に中村のクロスに中田英寿が頭で合わせて、2対2の引き分けとなりました。
しかし、この試合だけで帰ってくるのはもったいない。そこで、僕はイタリアに回って試合を見ることにしました。当時、「スカパー!」でセリエAの解説をしていたので、年に1度くらいは現地に行って試合を見るようにしていました。