「言葉」を大事にし、大切に「言葉」を紡いできたロコ・ソラーレの吉田知那美。そんな彼女がこれまでの人生で影響を受けた「言葉」や「格言」にスポットを当てた連載の第4回は、カーリング競技の基本理念を綴った『The Spirit of Curlin…

「言葉」を大事にし、大切に「言葉」を紡いできたロコ・ソラーレの吉田知那美。そんな彼女がこれまでの人生で影響を受けた「言葉」や「格言」にスポットを当てた連載の第4回は、カーリング競技の基本理念を綴った『The Spirit of Curling』の一節だ――。

吉田知那美にちなんだ『32の言葉』
連載◆第4エンド

Curlers play to win, but never to humble their opponents.
カーラーは勝つためにプレーしますが、
相手に対して決して謙虚さを失いません。
(『The Spirit of Curling』より)



初詣に行った際のひとコマ。TM軽井沢の松村雄太選手(中央)と、妹の夕梨花選手(右)と。写真:本人提供

 カーリングには競技の基本理念が綴られている『The Spirit of Curling』というものがあるのですが、ここにある言葉が、カーリングを始めた時からずっと私を育ててくれ、今も見守ってくれている言葉です。その文脈すべてが大好きで、悩んだり迷ったりしたら、最終的にそこにたどり着くことが多いです。

 私は小さい頃から、学校の成績は悪くありませんでした。運動神経もきっと人より恵まれていたと思います。今の私はだいぶへっぽこなのですが、当時は徒競走でも、水泳でもトップ争いをよくしていました。

 でも、中学校・高校くらいから、スポーツや勉強に周囲が本気で取り組み出してから、上の順位でいられなくなることが増えました。

 そんな時、私は負けず嫌いな性格ではあるのですが、「勝ちたい」より「負けたくない」という気持ちが強すぎるがゆえに、負けそうだと感じると、すごく怖くなってしまって本気で挑まない。戦う姿勢を取らずに逃げちゃう。いつの間にか、そんな癖がついてしまっていたように思います。そんな自分がとても嫌でした。

 それでも、紆余曲折ありながらもカーリングを続けていると、『The Spirit of Curling』に触れる機会がずっとあって。英語力もついてきたので、少しずつ本当の意味がわかってきました。

 特に大切にしている部分が今回、紹介させてもらう一文です。

「Curlers play to win, but never to humble their opponents.」

 直訳すれば、カーラーは勝つためにプレーしますが、相手に対して決して謙虚さを失いません。という感じでしょうか。

 これを私は、「勝つためにプレーするのであって、相手を負かすためにプレーするのではない」と解釈しています。

 私は、自分自身に勝つためにプレーをしています。カーリングは相手を負かすために努力するスポーツではありません。試合をしてくれるチームを「敵」ではなく「相手」として捉えています。

 相手がいないとゲームができませんし、相手の好プレーがあるから、自分たちも好ショットを決めることができる。ずっとカーリングを続けていると、そういうことが理解できてきて、ゲームは"バトル"じゃなくて"パフォーマンス"なんだ、と自分なりに認識できた。

 そうすると、ストンと胸に落ちたというか、カーリングに関しては怖さが消えました。

 もちろんスポーツである限り、白と黒はつくんですけど、勝敗は相手の努力も大きく関係してきます。それはコントロールできないおまけのようなもので、自分自身でコントロールできない目標や夢に突っ走ると、何が成功か判断できなくなる。

 大事なことは、人の努力に左右されずに、自分自身の目標に向かうこと。特にロコ・ソラーレでプレーする時には、「どんな振る舞いがしたいか。どんな姿で氷に立っていたいのか。それだけはコントロールできるよね」という話をいつもチームで確認しています。

 現代は、受験とか就職とか、場合によっては恋愛なども、すべてに競争がついて回って、うんざりしてしまう人も多いかもしれません。同時に、「成功って何?」「納得できる結果とは?」とか、すごく難しくて......。ひょっとして永遠に答えの出ない問題なのかもしれない。

 けど、自分自身の成長のために決めた目標がブレなければ、人を負かさなくても勝つことができる。また、人に自分の目標を押しつけたり、他人の努力や目標を妨げたりしない。そのことをすべてのカーラーと、この「The Spirit of Curling」から教えてもらいました。そして、これからもともに歩んでいく言葉なんだと思っています。

吉田知那美(よしだ・ちなみ)
1991年7月26日生まれ。北海道北見市出身。幼少の頃からカーリングをはじめ、常呂中学校時代に日本選手権で3位になるなどして脚光を浴びる。2011年、北海道銀行フォルティウス(当時)入り。2014年ソチ五輪に出場し、5位入賞に貢献。その後、2014年6月にロコ ・ソラーレに加入。2016年世界選手権で準優勝という快挙を遂げると、2018年平昌五輪で銅メダル、2022年北京五輪で銀メダルを獲得した。2022年夏に結婚。趣味は料理で特技は食べっぷりと飲みっぷり。