埼玉武蔵ヒートベアーズ監督西崎幸広インタビュー 前編 「トレンディエース」がグラウンドに帰ってきた。 3月10日、埼玉県…
埼玉武蔵ヒートベアーズ監督
西崎幸広インタビュー 前編
「トレンディエース」がグラウンドに帰ってきた。
3月10日、埼玉県熊谷さくら球場で行なわれたルートインBCリーグのオープン戦で、埼玉武蔵ヒートベアーズの西崎幸広監督は初の実戦を迎えた。お披露目となったユニフォームの背番号は「21」。2001年に西武を退団して以来となる「背番号21」だ。
西崎監督のユニフォーム姿に、現役時代を思い出したファンもいただろう。日本ハムではルーキーイヤーの1987年に15勝を挙げ、そこから5年連続ふた桁勝利。1998年に西武に移籍して以降はクローザーを務める年もあるなど、2001年に現役を引退するまでに127勝22セーブを積み上げた。
そんな西崎監督に、「現役時代に対戦が嫌だった打者5人」を選んでもらった。

日本ハム、西武で活躍した西崎幸広
【対戦成績がよくなかった左バッターから多数の選出】
――現役時代に、対戦して嫌だった打者を5人挙げていただけたらと思います。日本ハム時代は西武が強かった頃で、西武との対戦はすごく楽しかったそうですね。そのなかで苦手にしていたバッターはいましたか?
西崎 基本的には、苦手なバッターは作らないタイプだったんです。それを作ってしまうと自分が負けてしまうので、自分のなかでは「全員カモだ」と思うようにしていました。シーズンが終わったあとに、「今年はこのバッターによく打たれたな」というデータは出てきましたけどね。そのデータでは、左バッターを少し苦手にしていたみたいです。
――対戦成績が悪かった選手で覚えている方はいますか?
西崎 イチローには、けっこう打たれているんじゃないかと思いますが......ホームランは打たれてないと思うので、あまり記憶には残っていませんね。
――なかなか選定が難しそうですが、対戦が嫌だった打者のひとり目は誰になりますか?
西崎 まず門田博光さん(南海、オリックス、ダイエー)ですね。今年の1月に亡くなられましたが、本当に偉大な方で、偉大なバッターでした。
対戦で覚えているのは、門田さんがかなり晩年の頃に、西宮球場で場外ホームランを打たれたことです。「この年齢で、まだあそこまで飛ばせるのか」と感心したというか、びっくりさせられました。それから「門田さんにはどこ投げても怖い」と思いましたね。
――場外はすごいですね。さすが門田さんです。では、2人目は?
西崎 近鉄時代に対戦した新井宏昌さんです(南海、近鉄)。新井さんは名球会の会員で、2000本以上のヒットを打ってます(2038本)けど、やはりバットコントロールがうまかったです。すごく研究熱心な方でもありました。オールスターで会った時には、「インサイドはこのスライダー投げてんのか?」「マッスラしてんのか」といったように、いろんな質問をされた記憶もあります。それが活躍を支えていたんですね。
次はスイッチヒッターですけど、僕との対戦では左打席に入っていた西武の(オレステス・)デストラーデにもけっこう打たれたと思います。
――3人目は、ダイナミックなプレーやメガネも印象的だったデストラーデさんですね。
西崎 デストラーデに関しては、あの弓を引くようなパフォーマンスにやられた感じがあります。東京ドームの看板に直撃するホームランを打たれて、盛大にガッツポーズされたのも覚えていますよ。彼は歴代でも最強のスイッチヒッターじゃないですかね。
あとは、西武でチームメイトになった佐々木誠(南海、ダイエー、西武、阪神)。彼は相手の癖を見抜く能力がすごかったです。
――西崎さんも癖を見抜かれていたんでしょうか。
西崎 対戦ではよく打たれましたけど、西武で一緒になってから僕の癖を教えてくれたんですよ。「ニシさん、この時にこうなってますよ」って。だから、対戦している時も見抜かれていたんでしょうね。
【対戦で自分の調子を確かめていた右バッターも】
――次が最後になりますが、誰を挙げますか?
西崎 誰がいいかな......左バッターはもう出てこないですね。では、西武時代の清原和博(西武、巨人、オリックス)にしましょう。
――デストラーデさんもそうですが、西武"黄金時代"を象徴する選手でしたね。
西崎 清原にはとにかくホームランを打たれました。ただ、僕のなかでは「調子のバロメーターを探るのに一番いいバッター」でもありましたね。
――それはどういうことですか?
西崎 彼はインサイドの高めが弱点だったんですけど、コントロールミスをすると確実にホームランを打たれた。そこで自分のコントロールや、基本となるストレートの走りなどがどうなのかを確かめていたんです。
インサイド高めで空振りやファールが取れたら、「あ、今日はボールが走ってるな」とわかるし、簡単に打たれてしまったら「ボールが行ってないな」と思って、そこから組み立てを変える。自分の調子を探るのに"使って"いたバッターでしたね。
――さまざまなバッターを挙げていただきましたが、打席に立った時に一番嫌だった選手を選ぶなら誰になりますか?
西崎 そうですね......テストラーデもですが、門田さんは嫌でしたね。
――現在は、左バッターで言うと大谷翔平選手(エンゼルス)や、村上宗隆選手(ヤクルト)などが象徴的かと思います。西崎さんが現役だったら、そういったバッターと対戦してみたい、どんなふうに抑えるか、といったことを考えることはありますか?
西崎 いや、ないですね。あんなバッターたちとなんて対戦したくないです。打たれるのがわかってているのに対戦したくないですから(笑)。
(後編:「あれ以来、セカンドバッグは持っていない」怒りの契約更新、当時の超絶人気ぶりを振り返った>>)
【プロフィール】
西崎幸広(にしざき・ゆきひろ)
1964年生まれ。滋賀県出身。瀬田工業、愛知工大を経て、1986年、ドラフト1位で日本ハムに入団。1年目から15勝を挙げ、翌年には最多勝のタイトルを獲得。1991年まで5年連続でふた桁勝利を挙げるなど活躍した。その後、1998年に西武に移籍してからはクローザーも務め、127勝20セーブの記録を残して2001年に現役を引退。解説者やYouTubeチャンネルでも活動し、2023年度からルートインBCリーグの埼玉武蔵ヒートベアーズの監督を務めることになった。