永長鷹虎が10代最後の公式戦でキャリア初先発を果たし、爪痕を残した。4月7日に20歳の誕生日を迎える永長は、4月5日に…

 永長鷹虎が10代最後の公式戦でキャリア初先発を果たし、爪痕を残した。4月7日に20歳の誕生日を迎える永長は、4月5日に行われたルヴァンカップ第3節の浦和戦に先発出場。プロ2年目の永長のこれまでの出場記録は、昨季の天皇杯2回戦の札幌大戦のみだった。

「(ルーキーイヤーの)去年から、出たのは天皇杯だけだったので。プロ相手に試合に出たいという気持ちは去年から持っていますけど、今年は(その思いが)もっと強かったので。その経験ができて素直にうれしいですし、これからのサッカー人生において、すごくいい経験ができたので。これをもって、次はフロンターレのちゃんとした戦力としてやっていきたいです」

 そう話す永長は、持ち味のドリブルで浦和の左サイドと対峙。山根視来脇坂泰斗との連携に個人技を織り交ぜてチャンスメイクした。試合開始前のサポーターからの期待と不安の視線を、最後には期待一色に染めることに成功。仕掛ける永長に対し、拍手と歓声が沸き起こるまでになった。そんな等々力の反応を体感した永長は、とてもプレーしやすかったとの感想を口にしている。

「自分のプレー(に対する歓声)というよりかは、ここに来た時にその声援を受けて、やっぱりサッカーって素晴らしいなって思ったし。この中でもっとしたいっていう気持ちが強くなったので。やってる身からすると、とてもプレーはしやすかったです」

■「フル出場で出たいという思いが強かった」

 自らのプレーでサポーターに受け入れられた永長は73分間躍動。交代を告げられた時の心境を次のように述べている。

「自分個人的にはもっと行けたし、フル出場で出たいという思いが強かったんですけど、後半結構ボールに触れる回数が少なくなってきたりっていうのは自分でも分かっていたし、周りから見てもやっぱりそう思われたと思うんで。次は結果も残して、フル出場できるように意識してやりたいです」

 初先発の舞台での活躍で歓声を受け、サッカーの素晴らしさを改めて感じたと話す永長は、次なる目標でもあるフル出場に向けて気持ちを切り替えていた。

【江藤高志】
えとう・たかし/大分県中津市出身。IT系出版社で雑誌や書籍などを編集していた1999年に、パラグアイで行われたコパ・アメリカを観戦。これを機にサッカーライターに転身した。当初は故郷のJ2クラブ、大分トリニータを取材。石崎信弘監督との縁もあり、2001年途中から川崎フロンターレの取材を開始した。15年から『川崎フットボールアディクト』を創刊し、編集長として運営。今に至る。

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