大迫傑(Nike ORPJT)の強さが半端ない。 第101回日本陸上選手権大会、1万m決勝を28分35秒47で駆け抜け、見事優勝。これで大会2連覇を達成した。昨年に続き、日本選手権1万mを制した大迫傑 レースは、最初の1000mが2分…

 大迫傑(Nike ORPJT)の強さが半端ない。

 第101回日本陸上選手権大会、1万m決勝を28分35秒47で駆け抜け、見事優勝。これで大会2連覇を達成した。


昨年に続き、日本選手権1万mを制した大迫傑

 レースは、最初の1000mが2分55秒とスローペースの展開になり、以降もその流れがつづいた。大迫はスタートから4、5番手をキープ。先頭についていきながらも無理せず、来るべきタイミングを待って走っていた。

 中盤を過ぎてもペースは上がらない。

 昨年、初めて優勝した時、大迫は「日本選手権はタイムではなく、勝負に徹する」と語ったが、今回もタイムは度外視して勝負に懸けている感じだ。

 7000mを超えると一瞬、設楽悠汰(Honda)がスピードを上げ、勝負を仕掛けてきた。設楽は今年の東京マラソンでも序盤から自ら引っ張る積極的なレースを見せたが、その姿勢を長居でも見せた。

 しかし、大迫は落ちずについていく。8800mになると、レースが大きく動いた。

 市田孝(旭化成)がスパートしたのだ。遅れずに上野裕一郎(DeNA)、大迫がつづく。3人はぐんぐんスピードを上げながら後続を引き離し、3人だけのドッグファイトを展開した。

 9200m、残り2周になると今度は上野が先行し、大迫が追う。スタンドが沸く。

 だが、上野が限界ギリギリのスパートなのに対して、大迫の走りからは余裕と余力がはっきりと見て取れる。フォームにブレがなく、力強ささえ感じる。おそらく余裕で差すだろうなと思っていると、その予想通りラスト200mで一気に上野を抜き去り、そのままトップでフィニッシュした。

 ゴール後、精根尽きてトラックに倒れ込む上野を背に、大迫は観衆の声援に微笑み、手を上げて応えている。もう1レース走れそうな雰囲気だ。

 このレースに勝ったことには大きな意義がある。1万ⅿには、国内の名だたる長距離ランナーたちがエントリーしていた。設楽悠汰、上野裕一郎に加え、村山謙太(旭化成)、過去このレース4連覇を果たした佐藤悠基(日清食品グループ)、鎧坂哲哉(旭化成)、服部勇馬(トヨタ自動車)、3代目山の神・神野大地(コニカミノルタ)らである。みな、東京五輪のマラソン枠を巡って大迫と争うであろうライバルたちだが、彼らにトラックで、改めてそのスピードと強さを見せつけ、決して小さくはない心理的ダメージを与えた。

 それだけはない。4月17日のボストンマラソンでは、初めてのマラソン挑戦にもかかわらず、2時間10分38秒で3位に入った。すでにマラソンへの適応力の高さを見せつけ、東京五輪を狙うライバルたち、陸上関係者の度胆を抜いている。

‟大迫、恐るべし”

 トラックでのスピード、マラソン力とも日本のトップランクの力を誇示したのだ。レース後、上野は大迫のことを「速い」ではなく、「強い」といった。

 ランナーは隣で走っている選手の強さを肌で感じることができる。ラストを競って、その強さを改めて実感したのだろうが、レース展開や走りを見ても大迫の安定感と強さは図抜けていた。

 その強さの秘密とはいったい何なのか。それは、トレーニングやレースで積み重ねてきた経験による圧倒的な自信だ。

 大迫は「リラックスして自分の体をコントロールして走る」ことを重視している。たとえばレースでは相手のスパートに焦り、ついていこうとして逆に最後、失速してしまうことがある。

 だが、大迫はついてはいくが無理はしない。

 逆にリラックスして、力が入らないように冷静に走る。「さぁ、スパートだ」と意識すると肩が上がったりして、力みが出てスピードが落ちてしまうからだ。

 また、レースでは自分の体をどう動かして、コントロールしていくかということに集中している。それゆえライバルたちがどう動こうがあまり気にしない。自分の走りさえすれば負けないという自信が、大迫の余裕と余力のある走りを実現しているのだ。

 もちろんアメリカで自分の目標やテーマにそった効果的なトレーニングができていることも大きい。ただ、意識やトレーニングだけでは自信を積み重ね、自分の走りを確固たるものにしていくことは難しい。4月、初めてマラソンに挑戦したが、そうした新たなレース経験も大迫の自信の芽となっている。

「マラソンはタメて走るイメージだと思うんですけど、それが1万mや5000mの走りにすごく生きている。ラストスパートの切り替えの部分で、トラックの動きにまた直していかないといけない。そこは今後の課題ですが、マラソンの経験はすごく大きかったですね」

 レースを経験する度に、そしてトレーニングを重ねるごとに着実に成長している。そういう選手でなければ強くはならない。大迫はまさにそういう選手なのだ。

 はたして今後、大迫を超えるような選手が出てくるだろうか―――。

 今回、ライバルたちは日本選手権に勝つために、トレーニングに多くの時間を費やし、しっかりと調整してきた。しかし、それでも勝てなかった。大迫を慌てさせるようなシーンは一度もなかった。

「1年ぶりの1万mだったんですけどね」

 まさに余裕の完全勝利だった。