世界は広い。さまざまな選手がいるし、志向するサッカーも、それぞれだ。実際に世界大会に足を運べば、驚きに出くわす。蹴球放…
世界は広い。さまざまな選手がいるし、志向するサッカーも、それぞれだ。実際に世界大会に足を運べば、驚きに出くわす。蹴球放浪家・後藤健生を驚かせる風景も、そこにはある。
■異世界を覗き見る
中央高原よりもいくらか標高が低いトラスカラ盆地では、サボテンやリュウゼツラン(竜舌蘭)といった植物が中央高原よりもずっと大型化するようです(リュウゼツランはメキシコでは「マゲイ」と呼ばれて、あのテキーラの原料となります)。異様な形をした巨大な植物が生い茂る風景は、まるでシダ植物が?栄していた恐竜時代のような雰囲気です。
再び居眠りをして目を覚ますと、今度はバスは塩原の中をひた走っていました。塩原というと、ボリビアにある「ウユニ塩原」が有名ですよね。干上がった塩湖はまったく平らで、一面の塩ですから真っ白に輝いています。そして、それがほとんど地平線にまで連なっているのです。
どの景色も、日本では想像もできないようなもの。「異世界」を覗き見した感覚でした。
コルテスが築いた要塞都市ベラクルスの街も素晴らしかったですが、僕は「コルテスが来た道」で見かけた、あの「異世界」の風景が今でも忘れられません。
■オーストラリアの赤い大地
「異世界」といえば、オーストラリア大陸中心部の真っ赤な大地も印象的でした。
1981年のワールドユース選手権(現、U-20ワールドカップ)を観戦に行った時も試合の合間を縫って観光に行きました。目的地は、世界最大級の一枚岩、エアーズロックです。
エアーズロックは1873年にイギリス人によって発見され、当時の南オーストラリア植民地の首相のヘンリー・エアーズにちなんで名付けられましたが、最近ではオーストラリア原住民アボリジニーの言葉で「ウルル」と呼ばれることが多いようです。
今では、ウルルのそばに飛行場がありますが、1981年当時はアリススプリングス市まで飛んで、そこからバスで砂漠を突っ切ってウルルに向かうしかありませんでした。「アリス」からは、直線距離で約250キロもありました。
ウルル自体もそうですが、周囲の砂漠は鉄分を多く含んでいるので、酸化して赤く色づいています。その真っ赤な砂漠の中をバスはひた走ります。そんな砂漠地帯にも植物は育つようで、あちこちに黄色い瓜のような大きな丸い実が転がっていました。
ここも、また「異界」そのものでした。僕は、まるで火星の真っ赤な大地を走っているように思いました。
■火星にも行けるはずだった?
1969年の7月にアメリカのアポロ11号が月面に着陸。ニール・アームストロング船長が“小さな一歩”を踏み出しました。その後、1972年12月の17号でアポロ計画は終了となりましたが、それからまだ10年も経っていない時代でした。「いずれは再び有人月探査も再開され、数十年後には火星にも行けるようになる」と、当時の若者はなんとなく思っていたものです。そして、火星の環境を変えて人類が住めるようにするために(「テラフォーミング」)、植物を持ち込むことになるかもしれません。
2020年代になれば一般人も火星に行けるかもしれなません。もちろん、費用は莫大なものになるでしょうし、僕は「大金持ち」になる自信は全くありませんでしたが、ウルルに向かうバスの中ではそんなことを妄想していたのです。