---- まざまざと力の差を見せつけられた、3日間。 第三者の目にそう映るほど、実力差は明らかだった。2022年12月2日から4日まで愛媛県松山市で開かれた侍ジャパン大学代表候補選手強化合宿。5人の候補が招集された捕手陣で、圧巻のパフォーマ…

---- まざまざと力の差を見せつけられた、3日間。

 第三者の目にそう映るほど、実力差は明らかだった。2022年12月2日から4日まで愛媛県松山市で開かれた侍ジャパン大学代表候補選手強化合宿。5人の候補が招集された捕手陣で、圧巻のパフォーマンスを見せたのは進藤勇也(上武大)だった。

 力感のない腕の振りなのに、二塁に向かって低い軌道でぐんぐん加速していくスローイング。搭載されたエンジンが違うと思わされるだけでなく、野手がタッチしやすい位置にコントロールできる。今すぐプロに入っても、強肩捕手として名を馳せるレベルだろう。大学球界を代表する5人の捕手が一列に並んでスローイングをするたびに、進藤の強肩ぶりは異彩を放っていた。



プロ注目の関西大の捕手・有馬諒

 その列のなかには、有馬諒(関西大)の姿もあった。有馬に進藤についての感想を求めると、淡々とした口調でこんな答えが返ってきた。

「自分より能力が高いのは明らかですし、優れているからこそ去年も大学代表(2022年7月開催のハーレムベースボールウィークの代表)に選ばれたのだろうと思います。進藤のいいところを見たり、盗んだり、アドバイスを求めたりしていました」

 その言葉だけを聞けば、潔い「敗北宣言」ともとれる。だが、有馬諒という捕手のことを知れば知るほど、そうではないことが理解できる。むしろ数年後には、有馬が進藤を上回っている可能性があるとすら思えてくるほどだ。

 稀代の名捕手になる可能性を秘めた有馬諒という人間について、本人の言葉をもとに深く掘り下げてみたい。

【プロ志望届は出さず大学に進学】

 有馬のことを記憶している高校野球ファンは多いに違いない。2018年夏の甲子園では2年生ながら近江(滋賀)の正捕手を務め、ベスト8に進出。林優樹(楽天ドラフト6位)とのバッテリーは強力で、2019年夏の甲子園にも出場している。

 有馬は高校3年時からドラフト候補に挙がっていたが、プロ志望届を提出せずに関西大へと進学している。「自分はスカウトからそこまで評価されていない」と察知し、一方で「将来のために大学は卒業しておきたい」というクールな考えもあった。

 それでも、大学1年からレギュラーが約束されていたわけではない。関西大の2学年上には久保田拓真(現・パナソニック)という強肩強打の正捕手がいたからだ。身長183センチ、体重97キロと筋骨隆々の久保田を見て、有馬は「自分は足元にも及ばない」と感じたという。リアリストな性分でもあり、「3年からレギュラーを獲れればいいか」と気持ちを切り替えた。

 だが、控え生活が2年目に入ると、有馬の心境に変化が生まれる。

「どうしても試合に出たい。出てやろう。久保田さんを追い越したい」

 それまでの安穏とした姿勢ではなく、ガムシャラに正捕手を狙うようになった。2年秋のシーズンは久保田が左手を痛めて三塁手に回ったこともあり、有馬が正捕手に起用されるようになった。以来、有馬は大学代表の候補合宿に呼ばれる存在になる。

 だが、「候補」にはなっても、正式な代表メンバーに選出されたことはない。

【評価が難しいリードという武器】

 有馬という捕手は評価が難しい。打撃力も守備力も高い次元にあるものの、何が突出しているかと言えばピックアップしづらい。有馬自身もそれは認めている。

「自分としてはリード面が強みだと思っていますけど、数字を通して表れにくいですから。キャッチャーを評価する際にわかりやすいのは、バッティングとか肩の強さとか数字や目に見えやすい部分ですよね」

 関西大の早瀬万豊監督も、有馬の「数字に表れにくい」部分に全幅の信頼を寄せている。早瀬監督は社会人野球の名門・日本生命で選手、監督としてそれぞれ都市対抗優勝を経験しているベテラン指揮官だ。

「有馬は周りをよく見られるキャッチャーです。試合の流れ、相手の攻め方をトータルで考えられる。自分自身のことも冷静に見つめていますね」

 昨年12月の代表候補合宿でも、有馬は持ち前のリードで「らしさ」を発揮している。紅白戦で同じ関西学生野球リーグで活躍する谷脇弘起(立命館大)と、バッテリーを組んだ時のことだ。

 谷脇には最速151キロの快速球に加え、タテに鋭く変化するスライダーという武器がある。有馬は先頭打者の初球から、スライダーを連続して要求する。そこにも有馬なりの狙いがあった。

「データのないピッチャーと対戦した時は、まずストレートを待ってスタートするバッターがほとんどだと思います。谷脇には独特の曲がりをするスライダーがあったので、バッターの反応を見ながら2球続けました。谷脇のコントロールもよかったので、2球で2ストライクをとれました」

 高校時代の有馬は、自身のリードについて「どちらかといえば、相手の嫌がるところを徹底的に突くタイプ」と評していた。その根本は今も変わっていない。この日も谷脇をリードして、2イニングで4奪三振と持ち味を引き出した。

 打撃面は大学で木製バットの壁に当たったものの、インサイドアウトのスイング軌道を追求したことで「ヒットなら打とうと思えば打てる」という領域までレベルアップした。大学3年秋までのリーグ通算打率は.352と高水準を保っている。今は「場面に応じて長打を打てるように」と、ヒット狙いとは別種のスイング習得に勤しんでいる。

 だが、有馬がいくら進化しようと、代表候補合宿での進藤との差は埋めがたいようにも見えた。それでも、有馬に焦った様子は感じられない。進藤からアドバイスを受けただけでなく、同じく参加者の宮崎恭輔(慶應義塾大)からはブロッキングを、年下の印出太一(早稲田大)からは打撃の教えを乞うている。

「この合宿は自分の力をアピールするより、『何を吸収できるか?』を目的にやっていました。ライバルがどういう考えでプレーしているのかを聞く機会はなかなかありませんし、柔軟に吸収したいと考えていました」

 そして、有馬はさらりと強気な言葉を口にした。

「最終的に勝てればいいので。そのための過程であれば、吸収するのも必要なことだと考えています。それに、進藤に対してもすべてで負けているとは思ってませんから」

【極度の合理主義者】

 そもそも、代表候補合宿は有馬のコンディションが万全ではない事情もあった。夏場に右肩の関節唇を痛め、秋のリーグ戦中には股間に打球を受けて睾丸を2回にわたって手術している。肩を痛める前には「いい感じに投げる感覚をつかんでいた」と手応えを得ていたと有馬は振り返る。

「今は確率が低くても、全部のボールが進藤に負けているわけじゃない。まだ自分の実力不足なのは間違いないですが、悲観的に思うことはないと考えています。一番いいスローイングをどれくらいの確率でできるかが勝負ですから」

 高校時代からほぼ一貫しているが、インタビュー中の有馬は感情の揺らぎを一切表に出さない。プレー中も「感情を表に出すことはありません」と言いきる。たとえ思うようにいかないことがあっても、有馬は冷静に解決策を見つけていく。

 たとえば周囲と圧倒的な力の差を感じても、「できないことがあれば、できるようにすればいい」と目の前の課題克服に専心する。バッテリーを組む投手がリードの意図をくみ取ってくれなくても、「イラッとはするけど、人は人。その子にとってはできないことなんだな」と現実を受け止める。

 3年春のリーグ戦では、京都大が本来なら正捕手の愛澤祐亮をアンダースローの先発投手として起用する奇策を用いてきた。チームメイトの多くが戸惑うなか、有馬だけは「相手が誰だろうと、自分にできることをするだけ」と意に介さず二塁打を放っている。

 取材当初は「冷静でクレバーな選手だな」と感じていたが、深く掘り下げていくうちに「冷静すぎて怖い」とも感じた。そんな印象を伝えると、有馬は「昔はこんなんじゃなかったんですよ」と明かした。

「小中学生の頃は、もっと感情的にプレーするタイプでした。中学生の頃は典型的な反抗期で、試合中にふてくされた態度をとったり、うまくいかないとすぐ怒ったりしていましたから。でも、高校生になってから『自分は感情を出してもうまくいくタイプじゃないな』と気づいたんです。周りにはうまい選手が何人もいましたし、もっと謙虚に取り組まないと勝てないと思ってから、今みたいなタイプになりました」

 有馬は合理的な思考で野球に取り組むようになる。たとえば、試合前日は必ず7時間睡眠をとる。朝5時起床予定なら22時、9時起床予定なら2時までに就寝。有馬は「まったく同じ動きをできるよう、逆算して生活しています」と語る。細かなルーティンは「数え出したらキリがない」というほど膨大に存在するという。

 そんな極度の合理主義者である有馬が、たとえ大学トップクラスの進藤が相手でも勝算を口にしているのだ。その言葉には、たしかな説得力がこもっている。

 2022年のドラフト会議は、大学生捕手に逆風が吹いていた。指名が有力視された野口泰司(名城大→NTT東日本)、石伊雄太(近大工学部→日本生命)はいずれも指名漏れに終わった。そんな厳しい現実を前にしても、有馬は希望を口にする。

「2年連続で大学生捕手を獲るチームは少ないでしょうから、去年のドラフトで大学生捕手の指名が少なかったということは僕にとっては逆にチャンスです。大学生捕手は高校生捕手よりも即戦力度が求められるので、そこを高水準でクリアすればいい。評価してもらえるかは、球団次第です」

 2023年の大学ナンバーワン捕手はやはり進藤勇也なのか、それとも......。秋が深まる頃、有馬諒の放った言葉の数々を噛みしめてみたい。