●3年前の自分に「覚悟しとけよ」 3月20日、さいたまスーパーアリーナ。フィギュアスケート・アイスダンスの村元哉中、高橋大輔のカップルは、フリースケーティングの『オペラ座の怪人』の衣装でリンクに立っている。公式練習で調整する村元哉中・高橋大…
●3年前の自分に「覚悟しとけよ」
3月20日、さいたまスーパーアリーナ。フィギュアスケート・アイスダンスの村元哉中、高橋大輔のカップルは、フリースケーティングの『オペラ座の怪人』の衣装でリンクに立っている。
公式練習で調整する村元哉中・高橋大輔カップル
2年連続の世界選手権出場。本拠地であるアメリカから帰国して間もなくの公式練習で、時差ボケもあるなか調整程度だったが、カップル結成3年目と思えないほど落ち着いていた。
「世界トップ10」
今回、"かなだい"と呼ばれるふたりは大きな目標に掲げているが(前回16位)、狙えるところにたどり着いただけでも称賛に値する。
彼らの活躍によってアイスダンスの注目度は増し、ひとつの競技のパイオニアになりつつある。
はたして、かなだいが行き着く先とは?
ーー3年前にアイスダンスに転向した自分と話すことができたら、どんなアドバイスをしますか?
そう尋ねた時、高橋は即答だった。
「『覚悟しとけよ』って言いますね」
彼は笑顔でこう続けた。
「難しい、本当に難しいです。もちろん、『アイスダンスは大変だ』と頭ではわかっていたはずですが、こんなにも大変で、シングルと違うものかって」
それはリアルな感覚だろう。別種目である。にもかかわらず、転向2年目にして四大陸選手権で2位、世界選手権に出場し、3年目で全日本選手権優勝を飾っているのは快挙だ。
●『オペラ座の怪人』の完成形を見せられるか
「ゼロからのスタートだったんで、3シーズン目に全日本で優勝できたのも、なかなかないことで」
村元はそう言って、高橋を賞賛していた。
「簡単にやっているように思う人もいるかもしれませんけど、正直、簡単ではなくて。大ちゃん(高橋)ができちゃうから、なだけで。
理解力がすごくって。私が理解していないことも、大ちゃんは理解できているんだって思うこともあります。大ちゃんと一緒だったからこそ、ここまでこられたはずで」
あらためて、ふたりの出会いは運命的だった。村元は五輪や世界選手権での出場を重ね、アイスダンス界の第一人者。
一方、高橋は男子シングルで日本男子フィギュア界を牽引し、五輪でのメダル、グランプリファイナル王者、世界王者と幾多の「日本人初」の記録をつくってきた。
そのふたりが会うべきタイミングで出会い、生まれた物語なのだろう。
そして今シーズンのプログラムは、「完成形」に近づいている。特に『オペラ座の怪人』は彼らの代名詞になる予感がある。物語に登場するファントムとクリスティーヌが憑依した錯覚を受けるほどだ。
「『オペラ座の怪人』は、ディテールのところ、僕は特に後半が課題だったので、なるべくレベルがとれるように考えながら練習してきました。後半は足にくるところ、粘れないところがあるので。
どこで力を入れて、抜くか、ペース配分も考えながらやってきました。もちろん、トレーニングの内容で体力も上げながら」
37歳になる高橋は、肉体的な限界にも挑んでいる。シングル時代に4年ぶりの復活で全日本2位になったことも並外れているが、ルーキーとして別種目を追求する挑戦心は桁外れだ。
今年2月の四大陸選手権後も、研鑽を積んできた。
「全体的に一つひとつのエレメンツを確実にこなすところから、細かいところまで。まずはフリーの最後のコレオエレメンツを新しく考えたところからのスタートでした」
村元は、そう言って現状を説明していた。
「『オペラ座の怪人』の世界観も考えて、最後のところはコーチと『どうしよう』って。(コレオリフトの)スピニングムーブメントにしたのは、リスクがない、失敗もしづらいエレメンツで、しっくりくるかなって。
(公式練習では)100%ではなかったですけど、変えてからは通しでも一度も失敗していないので。そこらへんはたぶん、大丈夫だと思います」
そこで、高橋が被せるように言った。
「大丈夫です!」
●世界の舞台へ「大丈夫」
この日のミックスゾーン、彼は「大丈夫」と何度も繰り返していた。
「試合で楽しむには、どれだけ練習してきたか、ってところが大事で。だから試合まで一日一日、ちゃんとしたいです。会場に入って、いつもどおりに過ごして」
高橋は言ったが、試合を楽しめるだけの練習をしてきた自負があるのだろう。ネガティブな要素を受けつけないバリアを身につけていた。あとは運が巡ってくるか。
「ここに戻ってくるために今までがあって。(2014年、2019年にさいたまでの世界選手権を出場辞退したのは)そういうことだったんだなっていう世界選手権にしたいですね」
高橋はそんな表現をしたが、やはり運はつかむものなのかもしれない。
「一日一日を楽しもうって思います。練習はたくさんやってきたので。この舞台を楽しむのが一番」
村元もそう言って、腹をくくっていた。
はたして、ふたりは入魂のプログラムの完成形を見せられるのか。全日本後のインタビューで「アイスダンスでバシッと決まった時の感覚とは?」と尋ねた際、高橋はこうたとえていた。
「手をたまたま上げた時、ボールを投げられて、あれってなっているうちに手のなかに収まっている感じですかね?」
それは、無心に近い感覚か。ふたりは、そこまで徹底してプログラム精度を高めてきた。それぞれの波長が合う瞬間、アイスダンスの魅力が溢れる。今はそれがすべてだ。
3月24日、かなだいはリズムダンス『コンガ』で、2度目の世界選手権の舞台に立つ。