本拠地引退試合でHR王を争っていた村田修一と真剣勝負…一発を食らった 先発も、抑えも、中継ぎも、何でも来いの“スーパーピ…

本拠地引退試合でHR王を争っていた村田修一と真剣勝負…一発を食らった

 先発も、抑えも、中継ぎも、何でも来いの“スーパーピッチャー”はプロ通算5ホールド目をマークして現役生活を終えた。前広島監督で野球評論家の佐々岡真司氏は2007年10月7日(神宮)のヤクルト戦がラスト登板だった。10月6日の横浜戦(広島)で引退試合を行ったが、その翌日も投げて、本当のフィナーレとなった。「あれも感動でした」と今でもはっきりと覚えている。ヤクルト・古田敦也監督兼捕手をショートゴロに打ち取った時のことを。

 ついに現役生活にピリオドを打つシーズンがやってきた。2007年9月19日に引退を表明した。その年はそこまで2勝7敗、防御率6.40。7月29日の巨人戦(東京ドーム)で2回6失点KOされ、7月31日に登録を抹消されていた。引退試合は本拠地・広島市民球場での最終戦(10月6日、横浜戦)で行われた。

 広島が10-0と大量リードの9回2死走者なし、打者・村田修一の場面で登板。3ボール1ストライクからの高めの球を左中間スタンドに運ばれた。次の打者の鈴木尚典は三振に打ち取ったが、失点1がついた。

 引退試合でのアーチ被弾。周囲は「なんで打つんだ」というムードに包まれたが、それはホームラン王のタイトルがかかっていた村田に対して、佐々岡氏が敢えて望んだ真剣勝負での結果だった。事前に、捕手の倉義和を通じて、村田にもその意向を伝えていたという。

「スリーワンで高めをあそこでまで持っていかれたからね。普通ならファウルか、空振りにとらなきゃいけないボールが飛ばされたってことはやっぱりやめなきゃいけないということですよね。あれはあれでいい引退試合だったかなと思う」

ラスト登板で燕・古田と対戦…遊ゴロに打ち取った

 だが、それで終わりではなかった。ラスト登板はその翌日。敵地・神宮球場でのヤクルト戦だった。広島が6-3でリードした8回2死一塁、打者・古田のところでマウンドに上がった。「ブルペンで投げ始めた時からファンがワーワーってなって。前の日が引退試合だったから、次の日に投げるとは思われてなかったでしょうからね。それで出ていったらカープファンだけでなく、ヤクルトファンまでが声援をくれたんです。うれしかったですね」

 その試合は古田の引退試合でもあった。「9月に古田さんが引退するとなった時に『最後は投げさせてくれ』って話はしていたし、ブラウン監督だったし、もしチャンスがあればという感じだった」。結果はショートゴロ。「肩を前の日で使い切って腫れ上がっていてね。打たせようと思ってゆっくり投げたら、球が遅すぎて、古田さんも泳いで先っぽで……」。

 年は2歳違うが、プロ入りは同期で、アマチュア時代には日本代表でバッテリーを組んだこともある。やはり感慨深いものがあった。このアウトでホールドがついた。「その後(鈴木)尚典が『僕が最後のバッターと思ったら、最後じゃないじゃないですか』って言ってきたけどね。ああいう舞台を作ってもらったというのも、すごく、そういうところも幸せでしたね」。こうして現役生活が終わった。

 引退後は評論家生活を経て、2015年から広島2軍投手コーチを務め、2019年には1軍投手コーチに。そして2020年から2022年まで、第19代広島監督として指揮を執った。(山口真司 / Shinji Yamaguchi)