元寺尾・錣山親方の『鉄人』解説~2023年春場所編元関脇・寺尾こと錣山(しころやま)親方が、本場所の見どころや話題の力士について分析する隔月連載。今回は、4年ぶりの通常開催となる春場所(3月場所)で話題となっている力士について解説してもらい…

元寺尾・錣山親方の『鉄人』解説
~2023年春場所編

元関脇・寺尾こと錣山(しころやま)親方が、本場所の見どころや話題の力士について分析する隔月連載。今回は、4年ぶりの通常開催となる春場所(3月場所)で話題となっている力士について解説してもらいつつ、親方の目に留まった期待力士についても語ってもらった――。



平幕優勝を果たした当時の勢いが感じられる大栄翔

「浪速」に春を告げる大相撲春場所(3月場所)が3月12日から始まっています。

 新型コロナウイルス感染拡大防止のため、日本相撲協会はこれまで本場所の入場制限を設けていましたが、昨年の名古屋場所(7月場所)、九州場所(11月場所)ではその制限を解除。この春場所も同様に、ほぼ通常どおりの開催となっています。大阪開催では、実に4年ぶりのことです。

 思い返してみれば、2020年の春場所は無観客での開催。翌2021年は集団での移動を避けるため、東京・両国国技館での開催となりました。そして、昨年は大阪での開催に戻ったものの、75%の入場制限が設けられ、大阪の相撲ファンの皆様には長い間心苦しい思いをさせてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 しかし今年は、入場制限がおおよそなくなった他、マスク着用を強制することなく、館内での声出しも可能になりました。大阪のファンの方は"熱い"人が多いですからね。桟敷席からご贔屓力士に大声援を送る姿が初日から見受けられました。

 そうした様子を見て、とてもうれしく思いますし、少しずつ日常が戻ってきていることを感じます。お客様からの声援は、力士たちにとっても大きな励みになっています。

 さて、今場所の最大の焦点となっていたのは、初場所(1月場所)で3度目の優勝を果たした大関・貴景勝の横綱昇進なるか、でした。

 初日、小結・翔猿に敗れて黒星発進。2日目は玉鷲に勝って、3日目の正代戦も白星を挙げました。ただ、この一番でどうやらヒザを痛めてしまったようです。

 それによって、4日目の阿炎戦、6日目の御嶽海戦と黒星を喫して7日目から休場。最後まで精いっぱい相撲を取りきってほしかったのですが、残念です。横綱昇進の夢も先送りとなってしまいました。

 貴景勝の休場で優勝争いは熾烈を極めそうですが、私が今場所で注目しているのは、2場所ぶりに三役に復帰した小結・大栄翔です。

 大栄翔は、今や角界の一大勢力となっている埼玉栄高相撲部の出身力士。高校卒業後に、追手風部屋に入門し、地道な稽古を続けて3年足らずで新十両に昇進しました。その後、幕内と十両の往復はあったものの、2017年の春場所からは幕内力士として安定した成績を残せるようになりました。

 圧巻だったのは、2021年初場所。見事に平幕(前頭筆頭)で賜杯を手にしました。

 この場所では、初日から三役力士を総なめにするなど8連勝を飾って勝ち越し。大関・正代と優勝を争った末、悲願の初優勝を決めました。その快進撃については、よく覚えている方も多いのではないでしょうか。

 ただそれ以降は、8勝、6勝、5勝......と思うように勝ち星を挙げることができずに低迷。時折、ふた桁勝利を挙げることはあっても、翌場所で好成績を残せず、いつしか「次期・大関候補」といった呼び名もトーンダウンしてしまいました。攻め方も、右ノド輪だけになっている点も気になっていました。

 ところが、今年に入ってからの大栄翔は違ってきています。初日の錦木戦から回転のいい突っ張りが出て、腕も足もよく前に出ています。5日目の正代戦などを見ても、優勝した当時の相撲に近づいてきています。

 試行錯誤はあったでしょうが、29歳の今、すばらしい力を発揮。優勝争いに絡んでくることはもちろん、今後のさらなる躍進を見込んでいます。

 先場所でもこのコラムで紹介した、阿武咲(前頭4枚目)も楽しみな存在です。引き続き好調を維持しており、上位争いが期待されます。

 若い頃から頭角を現わしていた阿武咲は、一時相撲に悩んで時期もあったようですが、今やそれも吹っ切れたのでしょう。土俵上で、すばらしい出足を見せています。

 体の張りに関しては、先場所以上じゃないでしょうか。また、張りだけでなく、体を大きく見せています。その辺りは、本人の「稽古十分」という自信から培われているのだと思います。

 2日目には翠富士に敗れましたが、勝っている相撲の内容がいいので、気にしなくていいでしょう。26歳とまだまだ若いですし、大栄翔とともに優勝争いを引っ張っていってほしいです。

 序盤戦で貴景勝や大栄翔には敗れたものの、久しぶりに意欲的な相撲を見せているのが、元大関の正代(前頭筆頭)。特に4日目、優勝経験のある関脇・若隆景に見せた攻めは、何もかも振り切ったような、大関に昇進した頃の勢いが感じられました。

 正代はファンが多く、彼特有の"ネガティブ"な面も愛されているのですが、若隆景戦で見せたような攻めの相撲をファンも見たいはず。今の意欲を維持して、彼も優勝争いに加わってくるようになれば、ますます面白い展開になるのではないでしょうか。

"新星"として話題を集めているのは、宮城野部屋のふたり、新入幕の北青鵬と、所要1場所で十両に昇進した19歳の落合です。

 北青鵬は204㎝の長身。手足が長く、その恵まれた体格を武器にして初日から4連勝を飾りました。ただ、私はあんな大きな体格で相撲を取ったことがないので、わからない部分が多いのですが、やや受け身の相撲が多いのは気になるところ。

 高校卒業後、スピード出世していた北青鵬ですが、2021年の九州場所でヒザのケガを負って途中休場。その結果、新入幕が遅くなってしまったことを、改めて思い出してほしいと思っています。というのも、今の相撲を取っていると、またケガをしてしまう可能性があるからです。

 一方の落合も、前半戦は好調なペースで白星を積み重ねています。相撲の型を持っている力士で、押しても、寄っていっても相撲が取れる、という強みがあるのは魅力的です。

 しかし彼にも、気がかりな点があります。今後のことを思えば、立ち合いの張り差しは止めたほうがいいでしょう。

 2人とも将来有望な力士。ですから、私からはあえて辛口のメッセージを送りたいと思います。

錣山(しころやま)親方
元関脇・寺尾。1963年2月2日生まれ。鹿児島県出身。現役時代は得意の突っ張りなどで活躍。相撲界屈指の甘いマスクと引き締まった筋肉質の体つきで、女性ファンからの人気も高かった。2002年9月場所限りで引退。引退後は年寄・錣山を襲名し、井筒部屋の部屋付き親方を経て、2004年1月に錣山部屋を創設した。現在は後進の育成に日々力を注いでいる。