下窪陽介さんは1996年選抜で5試合を1人で投げて鹿実を優勝に導いた 高校野球に球春が到来する。第95回選抜高校野球大会…
下窪陽介さんは1996年選抜で5試合を1人で投げて鹿実を優勝に導いた
高校野球に球春が到来する。第95回選抜高校野球大会は3月18日に阪神甲子園球場で開幕する。横浜(現DeNA)でプレーした下窪陽介さんは鹿児島実業時代の1996年、第68回大会で、エースとして県勢を初の甲子園優勝に導いた。大活躍できた要因は軸足(右足)を鍛えたことで、瞬発力がアップ。球持ちの良い投球ができたという。冬の間に強靭な下半身を作り上げた“変身”が、春に大きな結果をもたらした。
右の本格派だった下窪さんは全5試合を一人で投げ抜き、紫紺の優勝旗を鹿児島にもたらした。日々の練習メニューは下半身重視だったという。「上半身はチューブトレなどで肩の内側の筋肉を鍛えたり、ストレッチで可動域を広げたりしていました。ピッチングの中で意識したのは、(踏み出し足の)左足がマウンドに着いてからボールを前で離すということ。バッターの近くでボールが離せるし、球持ちもよくなることでバッターも打ちづらくなる。スライダーの切れもよくなった。下半身が強くてグッと沈み込まないとボールは前で離せないから、とにかく走って下半身を鍛えました」
ランニングメニューは長距離走よりも、400メートルなどの中距離走、坂道ダッシュなどの短距離走を取り入れ、瞬発力を養ったという。数多くこなしていくと、どうしても単調になりがちな走り込みだが、下窪さんは走る動きをいかに投球へつなげていくかを常に考えていたという。
「ただ走るんじゃなくて、しっかりと地面を蹴ることを意識していました。野球ってベースランニングとか、どうしても左回りの動作が多いので、右回りで走ったり、体のバランスも考えながらやっていました」
軸足を鍛えるため右足スタート、右回りのダッシュを繰り返した
例えば一塁走者が二塁へ盗塁を試みる際、進行方向の後ろとなる左足を蹴ってからスタートを切る。左回りが多い野球の動きに合わせるかのように、左向きからダッシュのスタートを繰り返してはいないだろうか。下窪さんは、あえて右を向き、右足を強く蹴ってダッシュを繰り返していたという。
「投げる時って右足を使ってプレートを蹴る。だから、ダッシュの時も右足を強く蹴ることを意識して、ピッチングの瞬発力につなげていました。右足を強く蹴ることを意識してやっていたら、プレートも強く蹴ることができて、結果的にボールも前で離せるようになりました」
冬の間の走り込みが実り、選抜大会では最速142キロの直球と「消える」とまで称されたスライダーを操り、全5試合完投。553球を投げ抜き、鹿児島県初の甲子園優勝投手となった。その称号は、今もなお下窪さん一人だけのものだ。
「冬の間は実戦もできないし、投げ込みとかもあまりできないから、どれだけトレーニングをしたかで春の結果が変わると思います。(選抜大会は)自分の野球人生のスタートライン。全国で自分がどれだけ通用するかを試したかったし、他の高校生よりも、練習したという自負もあった。それまでやってきたことが間違いじゃなかったって、そう思えた大会でした」
意識が変われば行動も、結果も変わってくる。時代が移り変わり、最新のトレーニング方法に変わろうとも、下窪さんの努力の過程は、高校球児の手本となる。(内田勝治 / Katsuharu Uchida)