ラグビーワールドカップ2023「Road to France」<01>松田力也(埼玉ワイルドナイツ)後編「何もできなかった」10番スタンドオフでの挫折 2022年5月7日、松田力也にラグビー人生最大のアクシデントが降りかかった。 クボタスピ…

ラグビーワールドカップ2023「Road to France」<01>
松田力也(埼玉ワイルドナイツ)後編

「何もできなかった」10番スタンドオフでの挫折

 2022年5月7日、松田力也にラグビー人生最大のアクシデントが降りかかった。

 クボタスピアーズ船橋・東京ベイとのリーグ最終節、試合開始直後にボールをキャッチしてステップを決めた瞬間、松田は芝の上に倒れてピッチをあとにした。診断の結果、左ひざ前十字じん帯断裂──。予想をはるかに上回る重症だった。

 それから半年、松田は過酷なリハビリを耐え続けた。すべてはワールドカップでの「借り」を返すため。日本代表の10番としての矜持を胸に、グラウンドに戻ってきた松田の想いとは......。

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松田力也●1994年5月3日生まれ・京都府京都市出身

── 昨年5月に左ひざ前十字じん帯断裂という大ケガを負い、リハビリの末、ようやく昨年12月に復帰することができました。

「10番として手応えを掴んでいたなかでのケガだったので、いろんな思いはありました。それもあって、あらためてラグビーができるのは幸せなことだと感じています。戻ってくることができたので、『いよいよ、ここからだな』と思っています。

 今まで大ケガをしたことがなかったので、リハビリ中はすごく複雑な気持ちでした。(昨季のプレーオフ直前という)タイミングもタイミングでしたし、もう二度とケガはしたくないですね。ただ、本当にいろんなところを見つめ直す、いい時間になりました。自分と向き合う時間がすごくあったので、以前よりもポジティブに考えられるようになったと思います。

 具体的には、まずは体づくり。これまでW杯に向けてしっかりとした体を作る時間が取れなかったのですが、ケガをしたことで、強制的に自分の体と向き合わざるを得なくなりました。あとはメンタル面も、すごくフレッシュな気持ちでチャレンジできるようになったと思います」

── 日本代表戦はスタンドから仲間たちを見つめていましたね。

「試合のグラウンドに立っている選手がすごくうらやましく思いました。初めての大きなケガでメンバーから外れて、一歩引いて見る立場になってしまったので。

 でも、外から日本代表を見ていると、選手個々は強豪と渡り合えているところがある一方、ひとつの判断を間違えば一気にトライされるなど、勉強になった点も多々ありました。ただ、試合で経験することは、何にも変えられない。やっぱり(試合で)経験したかったですね」

── 2月から日本代表選手たちは、合宿やオンラインミーティングを行なっています。W杯に向けてどんな課題が挙がっているのでしょうか?

「リーグ戦の試合を振り返ったりしています。もっとスキルを使わないといけないし、もっとアタッキングマインドを持たないといけないので、10番としてリードしないといけないですね。

 また、強豪と対戦する時はディフェンスがすごくキーポイントになる。10番は絶対に狙われるポジションなので、自分が入った時には狙われてもしっかり受け止め、ディフェンスでもインパクトを残せる準備をしないといけない」

── 10番として、より意識するようになったことはありますか?

「最近は『次に何が起きるか予測しろ』とコーチ陣にすごく言われているので、今まで以上に考えるようになりました。自分のなかでこういう順序で攻めたいけど、その場、その場で違うことが起こるので、それを予測してプレーしています。ケガでしばらくゲームから離れていたので、今は試合を積み重ねながらゲーム感を研ぎ澄ましている最中だと思います。

 10番は判断力とコミュニケーション力がすごく重要になってきます。日本代表には本当にいろんな選手が集まっているので、積極的にコミュニケーションを取っていかないといけない。自分自身がしっかり迷わず、たとえ間違った判断をしても、それを間違ってないように流れを作れるようにやりたい。自信を持ってプレーすることが大事です」

── 松田選手のプレースキックも日本代表の大きな武器です。

「手術したのが軸足でしたけど、昨季よりも精度は合ってきたと思います。2019年W杯が終わってから自分にとって正しい蹴り方を覚えたので、試合を重ねるごとに納得できるようになってきました。ハイプレッシャーの場面でも蹴ることができるのは、自分の強み、進化だと思っています。

 キッカーとしては、常に(成功率)100%を目指しています。自分の役割と責任を全うするために、100%という結果で返したいなと思います」

── 日本代表10番のライバル争いについて、どうお考えですか?

「僕がケガをしている間に、(田村)優さんはリーグワンでいいパフォーマンスを続けていますし、(李)承信、山沢(拓也)、中尾隼太(ブレイブルーパス東京)も日本代表の試合に出ました。みんな、それぞれ自分の強みがあると思います。

 そのなかで誰が一番、日本代表のチームにフィットするかだと思っているので、僕は自¬¬分のよさを出して10番を掴み取りたい。もう誰にも負けたくない。W杯は全試合に出場する覚悟でいます。そこは2019年大会から学んだことなので、絶対に譲れないところです」

── 松田選手はお父さんもユニチカでプレーしたラグビー選手でしたね。

「父はFL(フランカー)でしたが、FWに憧れたことはなかったですね。ずっとBKでいきたいと思っていました。僕が小学校5年生の時に他界しましたが、父親がラグビーをやっていたから、僕もラグビーをやる機会をもらい、今がある。なので、すごく感謝しています。

 物心(ものごころ)がついた頃、オール京都に選ばれたことのある父親に言われたことを、今も覚えています。『高校ジャパンに行ったら、お前の勝ちでいいよ』と。

 僕は高校2年生で高校日本代表に選ばれたので、約束は果たせたかなと思っています。その時から『日本代表になりたい』という思いも強くなった。W杯で活躍することが、父親に対して、そして母親や自分の家族に対して、いい恩返しになると思います」

── 松田選手は「ミスター・ラグビー」こと故・平尾誠二さんと同じ中学・高校(伏見工業)出身で、学生時代は「平尾2世」とも呼ばれました。その時はどう思っていたのですか?

「平尾さんと面識はありましたが、平尾さんの現役時代のプレーは見たことがありません。ただ、誰から聞いても『本当にすごい選手』と言われるので、「平尾2世」と呼ばれるのはすごく光栄でした。

 ただ、誰かの「2世」ではなくて、自分が一番と言われるようになりたいなとも常に思っていました。(平尾氏が進学した)同志社大からも声をかけていただきましたが、教員免許を取りたいと思っていたので、帝京大(教育学部)への進学を選びました」

── 今年5月で29歳になります。選手として、今後のプランはどうですか?

「社会人になる時、どうせやるならプロとしてしっかり極めたいと思って契約しました。ただ、当時は『何歳までプレーを続ける』というイメージはなかったです。ですけど、年を重ねるにつれて『ラグビー選手で試合に出ることは幸せだな』と感じることが増えたので、ひとつの目標として『40歳』はいい目安、ターゲットになるかと思っています。

 2027年のW杯オーストラリア大会への出場もすごく考えています。年齢的には33歳で迎えるので、今よりもっとラグビーの質がよくなっているんじゃないかと思っています」

── 年齢を重ねることで、自身への向き合い方も変わりましたか?

「強い体を作るという点に関しては、年齢を言い訳にせず、どの選手よりもやっている自信はあります。練習前の準備もすごくやるようになりましたし、プロ1〜2年目と比べればふだんの生活やオフの過ごし方も変わりました。その積み重ねが今後にもつながってくるかと。

 また、食事に関しても気を遣うようになったので、遅延型アレルギーの検査も受けました。食べて急激にアレルギー反応を示すほどではありませんが、下痢になったりする食べ物は吸収できていない証拠のようです。僕は小麦系や豆類で体に合わないものがありましたね。

 その検査結果を踏まえて食事に気をつけるようになってからは、体調面もすごくよくなりました。以前と同じ体重でも体脂肪が減ったりしているので、それもパフォーマンスにつながっていると思います」

── あらためて、W杯という大会は松田選手にとってどういう位置づけですか?

「4年ごとの節目に、自分を表現できる舞台だと感じています。世間的にも一番注目される大会なので、自分にとって一番のピークを持っていきたいです。

 予選プールの対戦相手は強豪ばかりなので、簡単にベスト8に上がれるとは思っていません。しかし、2019年以降も日本代表は進化していますし、リーグワンが始まってレベルの高い外国籍選手も参戦しているので、その影響で若手の実力もどんどん伸びています」

── ラグビーファンは次のW杯で「ベスト4以上」を期待しています。

「2019年大会はラグビーのいいニュースで、日本中がすごく盛り上がりました。その後、コロナ禍もあって集客など伸び悩みましたが、W杯というチャンスにもう1回、結果を残したいと思っています。

 W杯ベスト8は大きな壁です。4年前、準々決勝で負けて(ベスト8に)満足している選手は誰もいなかった。もう、悔しい思いで終わりたくはない。難しい挑戦ですが、ベスト8以上に行ってもう一度、ラグビーを盛り上げたいです!」

【profile】
松田力也(まつだ・りきや)
1994年5月3日生まれ、京都府京都市出身。伏見工業高→帝京大を経て2017年に埼玉パナソニックワイルドナイツに加入。日本代表歴は2016年6月のカナダ戦で初キャップ獲得。2019年ラグビーW杯メンバー。ポジション=SOスタンドオフ、CTBセンター、FBフルバック。身長181cm、体重92kg。