サッカーでは、判定に関する疑問はつきものだ。時代は変わり、判定の運用への疑問が湧くようになった。現在のVARの問題点を…

 サッカーでは、判定に関する疑問はつきものだ。時代は変わり、判定の運用への疑問が湧くようになった。現在のVARの問題点を、サッカージャーナリスト・大住良之が突く。

■粗探しのVAR

 VARは2018年3月の国際サッカー評議会(IFAB)の年次総会で導入が認可され、その年の夏に行われたワールドカップ・ロシア大会でさっそく使用された。試験導入(いくつかの下部リーグや年代別の世界大会など)が認められたのは2016年。わずか2年での導入決定、そして息つく間もなくのワールドカップでの使用だった。

 それから4年間のうちに、VARは世界のプロリーグの多くで導入され、地域のクラブ大会、地域選手権でも使われるようになった。IFABは明確に「プロトコル(運用手順)」を定めて厳格に実施させ、混乱を避けてきた。「映像を判定に生かす」ことだけを決め、その運用を自由にしていたら、さまざまな混乱や問題が起きただろう。その点において、IFABのプランは成功したと言える。

 だが、導入から5年、一般化してから数年を経ても、依然としてVARに対する不満がなくならない。その不満は、VARが些細な反則を「探し出し」、すばらしい得点を無効にしてしまうときに爆発する。

 昨年大みそかのイングランド・プレミアリーグ、ブライトン対アーセナルでブライトンの三笘薫が決めた「3点目」は、本当に見事で、センセーショナルなものだった。アーセナルの選手たちもだれもアピールもしなかった。この「得点」で4-3と1点差になったことで、アーセナルのミケル・アルテタ監督は「冷静になれ」と懸命に選手たちに伝えた。

 だがVARが探し出した。「得点」は、アーセナル陣奥でのパスカル・グロスの左スローインを受けたエバン・ファーガソンがコントロール。少し大きくなったところをゴールライン方向から戻ってきた三笘がかっさらうようにしてペナルティーエリアにはいり、右足で右隅に決めたものだった。VARの「3次元オフサイドライン」は、ファーガソンがボールに触れた瞬間に、三笘の右かかとがわずかに出ていたことを示していた。

 オフサイドポジションから戻ってプレーしてもオフサイドであることは、誰でも知っている。しかしこのときの三笘のプレーが「オフサイド」というルールの精神から見て反則とすべきか、意見は大きく分かれるに違いない。VARが「探し出さ」なけれれば、三笘の美しいゴールは、イングランドや日本のサッカーファンの記憶に長く残るものになっただろう。

■「オフサイドディレイ」って?

 もうひとつ、VARの運用において多くの人が不満を抱くのが、「オフサイドディレイ」である。得点チャンスにつながりそうなプレーを副審がオフサイドと判定しても、旗を上げるのを待つ(遅らせる=ディレイ)。そしてシュートやクリアなどでその攻撃プレーが終結したときに初めて旗を上げるのである。

 この方法は、誤審でシュートチャンスをつぶさないためと説明されている。VARの検証でオフサイドではないとなれば、副審の旗にかかわらず得点を認める。旗が上がったときに笛を吹いてプレーを止めてしまったら、その得点は生まれないことになる。それが大きな損失だと言うのだ。

 しかしゴールが決まった後の「旗」ならともかく、守備側が奪い返し、攻撃に移ろうというタイミングで旗が上がり、笛が吹かれてプレーが止められるのはいかにも間が抜けている。得点にならなかったのだから、オフサイドもなかったことにし、攻撃を続けさせたほうが、試合としてははるかに面白い。

 さらに言えば、こうした「オフサイドディレイ」は、本来なら、オフサイドかどうか、非常にタイトなときに使われるべきなのだが、現状は副審が自信をもって見極められたときにも「ディレイ」されているように見える。

 Jリーグを含む現在のトップクラスのサッカー副審の「オフサイド感知能力」は非常に高い。間接視野でプレーの瞬間をとらえ、耳でキックのタイミングを測り、オフサイドかどうかを判断する―。そのための副審たちは血のにじむような努力をし、超人的と言っていいほど正確な判定を下す。VARシステムの下では、そうした敬服すべき能力を「信頼に足りないもの」と決め付け、「ディレイ」を強いているのである。副審たちのモチベーションと能力が今後急激に低下していく恐れは十分ある。

■Jリーグでの犠牲者

 今季序盤のJリーグで大きな話題となったのが、第2節、横浜F・マリノスサンフレッチェ広島の横浜FM永戸勝也の退場だった。広島GK大迫敬介が大きくけったボールは右タッチラインの中野就斗のところに飛んだが、永戸が勢いよく走ってきてジャンプ、競り勝ってそこから横浜FMの攻撃が始まった。中村太主審は反則があったとは判断せず、そのままプレーを続行させていた。しかしVARからの注意喚起を受けて横浜FMの攻撃を中断するように笛を吹き、プレーを止めた。そして「オンフィールドレビュー」を行った結果、永戸にレッドカードを出したのだ。

 VARは、たとえて言えば「ジダンの頭突き」のような重大な反則を主審が見逃したと判断して介入している。中野は首筋を押さえて「ヒジ打ち」があったことを訴えていた。リプレーを見ると、たしかに永戸の腕は中野の頭部に巻き付くように当たっていたものの、そう悪質なファウルがあったようには、私には見えなかった。しかしVARの山本雄大審判員は「レッドカード」と見た。だからこそ主審にチェックを奨めたのである。

 この試合では何回も同じようなシーンがあり、このプレーの10分ほど前には、同じようにGK大迫のロングキックを競り合った広島のナッシム・ベンカリファの広げた腕が横浜FMの畠中槙之輔の顔を直撃、ベンカリファにはイエローカードが出されていた。このときにはVARの介入はなかった(プレーを確認した結果、主審の判断は明白な間違いではないことを確認したと推測される)。

 そこまではいい。中村主審は出来事を見逃していたわけではなく、重大な反則という判断をしなかっただけだ。一方VARはまったく違う判断をした。だからこそ介入した。ところが何回も繰り返しスロー映像を見れば、どんどん反則に見えてくるというのが不思議なところだ。これはハンドの反則でも同じことで、現場では自然な体の動きで手があるところにボールがきたと感じた事象でも、スローで何回も見るとどんどん反則に見えてくる。

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