サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト・大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マ…
サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト・大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回は、スコットランド人? アイルランド人? いやアルゼンチン人!
■W杯決勝での見事なゴール
2022年ワールドカップ・カタール大会の決勝戦はフランスの終盤の粘りで驚くべき試合となった。しかしそれ以上に驚愕したのが、アルゼンチンの「ウルトラ・スーパー」と言いたくなるようなチームパフォーマンスだった。全選手が労を惜しむことなく走り、戦い、それをまとめ上げるリオネル・メッシという当代屈指の天才を百パーセント引き出した。その献身とランニングを圧倒的な形で表現したのが、前半36分の2ゴール目だった。
前半23分にメッシのPKで先制したアルゼンチンは、その後も強烈なプレスでフランスの攻撃をくい止め、左サイドに起用されたMFアンヘル・ディマリアを生かして優勢に試合を進めた。このときも、左から強引に突破を試みようとしたフランスFWキリアン・エムバペをDFクリスティアン・ロメロとDFナウエル・モリナの連係で抑え、モリナがGKエミリアノ・マルティネスにバックパス。マルティネスが危険回避のために右前方に大きくけったとことからプレーが始まった。
■目を引いたマカリスター
高く上がったボールは、タッチライン近くのフランスDFダヨ・ウパメカノのところに向かう。だがアルゼンチンはスキを見せない。ボールが上がった瞬間にFWフリアン・アルバレスが猛ダッシュを開始、ウパメカノに余裕を与えない。そしてウパメカノが苦し紛れにけったボールは、バックパス後すばやくポジションを修正していたモリナが回収。ワンタッチでピッチ中央のMFアレクシス・マカリスターに送る。
モリナからのパスの直後に前線にメッシがいることを確認したマカリスターはこれもワンタッチでメッシへ。そしてメッシは自陣ゴールに向いたままワンストップすると、浮いたボールを左足アウトサイドで外に流す。そこには、ウパメカノを追い詰めた勢いでタッチラインの外に出ていたアルバレスが体勢を立て直して走ってきていた。そしてアルバレスはタイミングを逃さずフランス陣にある大きなスペースにパスを出す。
ワンタッチでメッシにパスした後、マカリスターは足を止めずに前に出ていた。食いついてきたフランスMFオレリアン・チュアメニは動きがやや緩慢で、あっという間に置き去りにされる。走るマカリスター。ペナルティーエリアの少し手前でボールに追いつくと、これもワンタッチでエリア内の左のスペースにボールを送る。そこに走り込んできたのはディマリア。得意の左足でゴールに流し込んだ。
自陣ペナルティーエリア前でモリナがボールを回収してから10秒、延べ6人の選手がからみ、5本のパスがよどみなくつながった美の極致とまで形容したくなるような現代的カウンターアタック。かかわった誰もが自分の役割を果たしたが、自陣から60メートルを突っ走ってアシストしたアルゼンチンの背番号20、マカリスターの走りの強度と質の高さは、ひときわ目を引くものだった。
■楽ではなかった道のり
明けて2023年初頭。三笘薫の輝かしいゴールとともにイングランドのプレミアリーグで大きな注目を集めた「ブライトン・アンド・ホーブ・アルビオン」。このチームにあって、背番号10を背負い、攻守の中心にいるのがアレクシス・マカリスターだ。ロベルト・ゼデルビ監督から絶大な信頼を得て輝くプレーを見せる彼は、ブライトンとの4年半の契約が切れる今夏、数多くのビッグクラブの主要ターゲットのひとりと言われている。「市場価格」は4200万ポンド(約68億円)である。
マカリスターは1998年12月24日にアルゼンチンの田舎町サンタローサ(ラパンパ州)で生まれ、ディエゴ・マラドーナを輩出したことで世界に知られるブエノスアイレスのアルヘンチノス・ジュニアーズのユースからプロとなり、アルゼンチンのU-20代表でも活躍した。そして20歳になったばかりの2019年はじめに約10億円という高額でブライトンに移籍、その年の前半はアルヘンチノス、後半はこれもアルゼンチンのボカ・ジュニアーズに半年間ずつ貸し出され、アルゼンチン代表にも選出された。2020年はじめにブライトンに戻ってプレミアリーグにデビュー、レギュラーに定着した。
2021年夏には東京オリンピックに出場。アルゼンチンはグループリーグで敗退したが、マカリスターは背番号10をつけて全3試合に先発出場した。だが2022年1月に2年半ぶりに選出されたアルゼンチン代表では、コロナ感染で出場のチャンスを逃し、3月のチリ戦ではひどい反則を受けて負傷するなど、不運に見舞われた。ワールドカップを前に注目される存在とは言えなかったのは当然だった。
■カタールで迎えた転機
しかしカタールでの初戦、サウジアラビアに1-2で敗れると、アルゼンチンのリオネル・スカロニ監督は24歳の誕生日を前にしたこのエネルギッシュなMFの運動量がチームに必要であると判断、続くメキシコ戦で先発させた。マカリスターは豊富な運動量で中盤を支えるとともに、メッシのPK失敗などで苦しんでいたアルゼンチンに貴重な先制点をもたらした。以後、マカリスターは全試合で先発する。
アレクシス・マカリスターの「サクセスストーリー」は、まさにメキシコ戦から始まったと言ってよい。決勝戦での圧倒的なパフォーマンスを経て、彼の名は世界に認知され、ブライトンの快進撃もあって多くのビッグクラブが注目する存在になったのである。けっしてテクニックをひけらかすタイプの選手ではない。しかし肺が4つあるのではないかと思うほどの運動量と、90分間集中を途切れさせることなく続く強度の高いプレー、ボールを受けたときにはすばやい判断でつなげていく能力は、現代サッカーの監督たちが最も望むものに違いない。