名参謀高代延博氏は2009年と2013年のWBCでコーチを務めた そこには日の丸の重圧に苦しんだ分以上の喜びがあった。頂…
“名参謀”高代延博氏は2009年と2013年のWBCでコーチを務めた
そこには日の丸の重圧に苦しんだ分以上の喜びがあった。頂点に立った時、日本中が沸いた。まさにすべての力を結集してつかんだ。「日本一の三塁ベースコーチ」と称される高代延博氏は2009年と2013年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で野球日本代表の内野守備走塁コーチを務めた。優勝を果たしたのは2009年の第2回大会。「表現できないくらいうれしかった」。そんな熱き思い出の戦いなどを振り返ってもらった。
「優勝して、ホテルの部屋に戻った時、1人で『やったあー』って雄叫びを上げましたね」。2009年3月23日、ドジャースタジアムでの韓国との決勝戦を延長10回、5-3で制した。10回表2死二、三塁でイチローが放ったセンター前への決勝タイムリーは伝説になっている。一塁ベースが空いている中でのイチローとの勝負が韓国には裏目に出た形だった。
「あの時は、ああ勝負するんやって思った。韓国ベンチでは大声で何か言ってましたよ。どうやこうやって。終わってから物議を醸していましたけど、ベンチとバッテリーの意思の疎通というか、それが中途半端だったんでしょうか。次の打者の中島(裕之、現・宏之)もその大会では成績が良かったので、向こうはそれも考えたのかもしれませんね」。イチローはこの試合で4安打を放ったが、大会を通しては打撃不振が目立っており、いろんな条件が重なったのは間違いない。
「ウチが裏で、これがサヨナラになるとなれば、歩かせていたんじゃないかな。ウチが表だったから(歩かせて満塁にしたら)押し出しというのもよぎったと思う。デッドボールの押し出しとかもね。まぁ、向こうの監督に聞いてみないとわからないけどね。何が普通か、セオリーかはわからないけど、俺やったら歩かせたかな」。それはともかく、あの場面で結果を出したイチローはやはり凄いとしかいいようがない。
イチロー氏は日本代表を「まとめるというよりも象徴だった」
「相手の送球を見て、イチローはセカンドに行っていた。あの局面でも普通にプレーできるのもすごいと思いますよ。ただ、みんなが手を突き上げて、イチローの方を向いているんだけど、イチローは1回も(ベンチの方を)見なかったんですよね。聞いた話だけど、涙が出そうだったみたいですよ。みんなの姿を見たら涙が出る、そういうことを言ったみたいです」。それほどまでにイチローにとっては苦しい戦いだったのだろう。仲間たちに支えられた思いも強かったはずだ。
高代氏は「リーダーシップを取っていたのはイチローという存在だと思う」と言う。その言葉だけでなく、行動も含めてすべての面で。「まとめるというよりも象徴ですね。オーラがありました。向こうで記録もいっぱい出して、やっぱりプロ野球選手といえども、イチローと一緒になればワクワクする。メンタル面でもイチローがいるだけで、モチベーションが上がったと思う」。
そんな2009年大会だったが、歓喜の優勝にたどり着くまでにはいろんな出来事もあった。宮崎合宿から始まり、東京ラウンド、米国ラウンド。韓国とは5試合も戦うことにもなったが、ある食事会での松坂大輔の発言も印象に残っているという。(山口真司 / Shinji Yamaguchi)