サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト・大住良之による、重箱の隅をつつくような、「超…

 サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト・大住良之による、重箱の隅をつつくような、「超マニアックコラム」。今回は、白い魔物のお話。

■雲行きが怪しくなったメキシコ戦

 2020年の秋、コロナ禍で世界がまだ閉じられた状況のなか、日本サッカー協会は大きな決断をした。この年に1試合もできないことになりそうな日本代表戦を、欧州のクラブに在籍する選手だけで、欧州を舞台に開催しようというのだ。

 10月にはオランダのユトレヒトを舞台にカメルーンとコートジボワールを相手に2試合、11月にはオーストリアのグラーツにパナマとメキシコの代表を招いて2試合、計4試合を戦ったのである。この4試合の経験や、その間のチーム内のコミュニケーションが、2022年ワールドカップ・アジア最終予選勝ち抜きに、さらにはカタールの舞台でドイツとスペインを下すという快進撃につながったのは間違いない。

 その一連のシリーズの最終戦が、11月17日のメキシコ戦だった。4日前のパナマ戦からほぼ「ターンオーバー」の形で望んだ日本は、前半、勢いよく攻め込んだ。ドイツのフランクフルトで好調を続ける鎌田大地が攻撃をリードし、メキシコGKギジェルモ・オチョアの好守がなければ前半のうちに2-0でリードしていてもおかしくなかった。

 しかし後半、雲行きが怪しくなる。メキシコの動きが良くなっただけではない。スタジアムが霧に包まれはじめ、それがどんどん濃くなっていったのだ。そして日本選手の攻守がちぐはぐになり、後半18分、23分と連続失点。このころには、逆サイドのボールはほぼ見えなくなっていた。その後日本協会はボールを白からオレンジ色のものに替えたが、迷彩柄の日本の青のユニホームはどんどん見にくくなり、全身白のメキシコ選手たちだけが躍動しているように見えた。

 標高400メートルクラスの山に東西と北を囲まれた盆地の町グラーツ。おそらく急激に気温が下がったことで生まれた霧だったのだろう。北西からの冬の風に対し、山々が「衝立」のようになっている形で風が通らず、その霧はまったく去らなかった。ちなみに、日本サッカー協会が作成した試合の公式記録の「天候」欄には、「その他」と書かれている。晴れでも曇りでも雨でも雪でもなく、それ以外に書きようがなかったのだろう。

Jリーグでの事例

 サッカーは雨で中止になる競技ではない。しかし霧には弱い。霧は大気中の水分が冷却などで飽和状態(これ以上気体としてとどまっていられない状態)となって微小な水滴となり、空気中に浮遊するもので、基本的には「雲」と同じだが、空に浮かんでいるものを雲、そして地表にあるものを霧というらしい。「もや」も同じ現象だが、視界が1キロメートルを割ると、気象庁では「霧」と呼ぶことにしているという。そしてそれが100メートルを切ると、「濃霧」ということになる。

 こうなると大変だ。サッカーのピッチは108メートル×68メートル。濃霧が発生すると、GKは相手ゴールポストが見えない状態となる。そして副審は逆側のタッチライン近くの選手の動きが確認しにくくなるだろう。これでは試合はできないから、中断ということになる。

 2017年のJリーグで霧によって試合が二度も中断された試合があった。J1第20節の鹿島アントラーズベガルタ仙台、8月5日にカシマスタジアムで行われた試合である。午後6時半のキックオフ時からもやっていたスタジアム内だが、試合が進むとともにどんどん霧が濃くなり、ボールが見にくくなった。

 この年のJリーグ使用球はアディダスの「クラサバ」というデザインのもので、白地に赤と黒の「×」印が6つ描かれたものだった。全体的な印象としては白いボールである。しかし霧のなかでは非常に見えにくい。そこで運営を担当する鹿島アントラーズはオレンジ色をベースとした「カラーボール」を持ち出し、前半24分の鹿島のスローインからこのボールがピッチにはいった。しかし霧はさらに濃くなる。

 3分後、飯田淳平主審は試合を止め、三原純副審、堀越雅弘副審、そして第4の権田智久審判員と協議、「逆サイドが見えない」ことを確認すると、一時中断を決めた。しかしこのときにはすぐに状況がよくなり、3分後に試合再開、前半のアディショナルタイムに鹿島の土居聖真が右から抜け出して先制点を決め、どうにか前半を終えた。

■鹿島の見事な準備と努力

 後半は規定どおり前半終了から15分後にキックオフされたが、霧はおさまらず、16分、飯田主審は再び試合を止めた。すると係員がピッチに何か大きなものを持ち出す。巨大な扇風機だった。ピッチに風を送り、霧を払ったのだ。この努力が実り、10分間の中断の後に試合再開。後半のアディショナルタイムに再び鹿島が得点し、2-0で勝って試合を終えた。

 ちなみに、鹿島の2点目を決めたのは鈴木優磨、仙台のゴールを守っていたのはシュミット・ダニエル。この2人は後にベルギーのシントトロイデンでチームメートとなる。鹿島のGKが曽ヶ端準、中盤で試合をコントロールしていたのは小笠原満男だった。一方の仙台では、前線で西村拓真が奮闘していた。

 私が感心したのは、鹿島アントラーズがすばやく「カラーボール」を用意し、後半には扇風機まで持ち出してなんとか試合を中止せずにやり遂げたことだった。Jリーグの試合球は公式サプライヤーのモルテンから提供されるが、カラーボールは主として雪国のチームのために用意されたものだった。しかし鹿島はスタジアムからわずか1500メートルのところに広がる鹿島灘で頻繁に濃霧が発生し、スタジアムにまで影響を及ぼす場合もあることから、特別にリクエストを出してカラーボールの提供を受けていたのだ。扇風機はピッチの芝育成用のものだが、濃霧のときにはこれも使おうと用意していたのだろう。いずれにしろ、試合を成立させた準備と努力は見事だった。

 だがピッチ上ではなんとか試合ができる状況でも、観客席のファンやテレビ(この試合はDAZNのみの放送だった)で見ていたファンには、何が何だかわからない展開だっただろう。選手や審判員たちには見えていても、観客席からはカラーボールでも遠くにあると見えない。選手たちがなんとなく動き回っているのはわかるが、ボールの動きはさっぱりわからず、鹿島の選手たちが喜んでいるから点がはいったと推察するしかない。試合を成立させることは非常に大事だが、プロとしてどうなのかと思ってしまう。

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