現役時代、ジュビロ磐田の「黄金時代」の一翼を担い、日本代表でも活躍した福西崇史氏。今回、その当時に「味方でよかった」と思…

現役時代、ジュビロ磐田の「黄金時代」の一翼を担い、日本代表でも活躍した福西崇史氏。今回、その当時に「味方でよかった」と思う選手(日本代表も含む)について話を聞いて、そのベスト5を選出してもらった――。



福西崇史氏が現役時代、味方でよかった思う選手の1位に挙げた中村俊輔

◆福西崇史氏が現役時代
「味方でよかった」と思う選手ベスト5
1位=中村俊輔
2位=遠藤保仁
3位=名波浩
4位=小野伸二
5位=服部年宏

 現役時代を振り返って味方でよかったと思う選手は、シュン(中村俊輔)がダントツです。周りでプレーするこちらの状況を踏まえて、プレーしやすい環境を作ってくれますから。

 パスの質ひとつとっても、僕が好きなボールをくれるし、速い選手だったら速いなりのボールを出してくれるし、それぞれに合わせた時間も作ってくれる。

 ヤット(遠藤保仁)も、シュンに近いタイプです。一緒にプレーしてみると、「味方でよかったぁ~」って思います(笑)。ヤットはシュンよりもひとつ下のポジションで、ボールを動かすことによって、相手を動かすこともできる選手ですよね。

 シュンもヤットも、駆け引きはもちろんですけど、技術で魅せられる。どちらかと言えば、ヤットのほうがキャリアを重ねて、どんどん駆け引きをするようになっていったように感じます。

 シンジ(小野伸二)は、それとはまた違ったタイプですね。駆け引きより技術というか、個人的な能力がとにかくスゴかった。「ここが見えてるのか」と思わされることも多かったし、それに伴う技術も持っている。

 あとこれは、シュンやヤット、それから名波(浩)さんにも共通することですけど、僕にないものを持っているので、最初は彼らのプレーについていけませんでした。なにしろ、頻繁にノールックパスを出してくるんですよ。僕は最初の頃、「(こっちを)見て出してよ!」と思っていました(苦笑)。

 でも、自分が思ってもいなかったところにパスが出てくることによって、「こういうのもあるかもしれないな」って自分のなかでの選択肢が増えていく。彼らは周りの人たちを使うことで、自分の技術も生かせるし、彼らの技術によって周りの人たちの特長も生かされるんです。

 そこに、駆け引きが加わってくるのが、名波さんですよね。一緒にプレーしていると、「うわっ、誘ってる!」っていうのがわかります。

「誘ってる」っていうのは、たとえば(相手が)ボールをギリギリ取れるか、取れないかっていうタイミングで出すんです。相手選手はボールを取れなかったら、めちゃくちゃリスクがあるんだけど、取れそうだから行ってしまう。これが相手にとっては一番嫌なんです。

 僕はジュビロ磐田で育っているから、名波さんが誘っているのがわかりますけど、これを知らずにやられると、うわーって頭を抱えるやつですね(笑)。僕は名波さんと(公式戦で)敵として対戦したことはありませんが、ジュビロで紅白戦をやるのは本当に嫌でしたから。

 2ボランチを組んだ選手で一番やりやすかったのは、ヤットか、名波さん。このふたりとはプレーのことで話し合うことはほとんどないのに、何をやりたいかをわかってくれていたので、非常にラクでした。

 僕はプロになったばかりの頃、そこまで確立したサッカー観っていうものはなかったけれど、名波さんとか、ドゥンガとかに少しずつ成長させてもらい、やっと伸びてきたところに(遠藤や小野らの)黄金世代が出てきた。「あいつら、スゲーな」と思いながらも、一緒にやっていると感覚が同じだということがわかるし、言葉をかわさなくてもやりたいことがお互いにわかるので、すごくやりやすかったです。

「言葉をかわさなくてもわかる」という意味では、後ろの選手も同じ。守備について言えば、味方でよかったと思うのは、服部(年宏)さんですよね。

 僕は、自分と相手との状況が100対100の時には勝負せずに、相手が50になった時を狙ってボールを取りに行くタイプ。周りを使って、その状況をいかに作るかが重要なので、後ろにめちゃくちゃ負担をかけるボランチだったんです(苦笑)。

 服部さんだけでなく、鈴木秀人さんとか、田中誠さんとかもそうですけど、彼らのおかげで僕の負担を減らしてもらえる。あの人たちは僕のところに(相手を)呼び込んで、僕が(相手の動きやパスコースを)限定さえできれば、自分たちでボールを奪ってくれるんです。

 そういった選手たちは何も言わなくても、僕の意図をわかってくれている。そして、必ずいてほしいところにいてくれる。

 サッカーって、本当に奥が深いですよね。ボールを奪ったら、その奪った選手がスゴいっていう話になりがちですけど、本当は「誰がその環境を作ってくれたの?」っていうところまで見なければいけない。

 僕にとっては、それをしてくれたのが、ここに挙げた選手たちということです。

福西崇史(ふくにし・たかし)
1976年9月1日生まれ。愛媛県出身。1995年、新居浜工高卒業後、ジュビロ磐田入り。FWからボランチにコンバートされると、すぐにレギュラーを獲得。以降、主力選手として数々のタイトル獲得に貢献した。日本代表でも活躍し、2002年日韓W杯、2006年ドイツW杯に出場。国際Aマッチ出場64試合、得点7。現在はサッカー解説者、指導者として奔走している。