テクノロジーは、人間の生活に不可欠なものになっている。サッカーも、その例に漏れない。日常生活でもサッカーでも、大事なの…
■「神の手」が許された時代
僕は、20年ほど前から「ビデオ判定の導入」を主張し続けていた。
たとえば、1986年のメキシコ・ワールドカップでのディエゴ・マラドーナのハンドによる得点(「神の手ゴール」)や、1990年のイタリア大会のソ連戦における同選手のハンドによるゴール阻止。スタジアムの数万人の観客には見えていても、どういうわけかレフェリーには見えなかったことによる「誤審」である。
1人のレフェリー(主審)と2人のアシスタント・レフェリー(かつてはラインズマン=線審)がジャッジをするという形式は、19世紀の後半に確立された。
当時は、選手や観客がどんなに疑問を抱いたとしても「誤審」を証明することは不可能だった。なにしろ、映像技術というものがなかったからだ。「あのゴールはおかしいのではないか」と皆が思っても、それを証明することはできなかったのだ。
後に、写真や映画、テレビジョンによって映像が撮影される時代になっても、状況は大きくは変わらなかった。
フィルムは現像してみないと映像を確認できない。だから、「誤審」が証明されるのは早くても試合終了後のこととなる。テレビジョンは当初は録画ができなかったから、これも判定の検証には使えなかった。
■日進月歩のテクノロジー
だが、テクノロジーは日進月歩。テレビ映像はビデオテープで録画できるようになり、1960年代になると直後に再生することも可能となり、さらにはスロー再生も可能になってくる。
実況中継の中で、プレーが行われた直後にリプレーを流すことができるようになったのだ。
そうなると、レフェリーの「誤審」はたちまち白日の下に曝されるようになる。ワールドカップのような大きな大会では、テレビカメラの台数もどんどん増加。10台以上のカメラがあらゆる角度からプレーを録画して、それがすぐにリプレーで流されるのだ。
さらに、21世紀に入ると、スタジアム内の観客も小型の端末を手に、スタンドで映像を確認することができるようになる。
それなのに、レフェリーたちは1世紀前と同様に、その映像を判定のために利用することが許されていなかったのだ。
「映像技術」という“重武装”をしたメディアや観客に対して、レフェリーが使用できる“武器”はホイッスルとフラッグ。そして、たった2枚の小さなカードだけだったのだ。
これでは、「最新型の戦車相手に小銃だけで戦え」と言っているようなものではないか。
だが、FIFAなどはビデオ判定導入に消極的だった。
■先陣を切ったのは大相撲
この間、他の競技では「ビデオ判定」が次々と導入されていった。
先鞭を切ったのは、なんと伝統と格式を誇る日本の大相撲だった。
大相撲では、微妙な勝負でも行司は必ずどちらの勝利かをジャッジしなくてはならない。この判定に疑問がある場合には土俵下に控える5人の審判員(親方)が「物言い」を付ける(審判員だけではなく、土俵下に控えている力士も「物言い」を付けることができる)。そして、審判員が土俵の上に上がって協議するのだが、この時「ビデオ室」にいる親方がビデオをチェックして土俵上の審判員に伝え、最終的には土俵上の審判員が判定を下すのである。
このビデオ判定システムは、実に半世紀以上前の1969年の5月場所から導入された。
その前の場所で、昭和の大横綱、大鵬幸喜が前頭筆頭の戸田智次郎に敗れて連勝記録が45でストップしたのだが、映像や写真によって実際には戸田の足の方が早く土俵外に出ていたことが明らかになってしまった。この重大な「誤審」をきっかけに、大相撲はいち早くビデオ判定を導入したのだ。
その後、2000年代の後半頃になると、多くの競技でビデオ判定が使われるようになった。