川崎フロンターレの二次合宿10日目、2月2日の午前練習中のこと。攻撃陣と守備陣とに分かれ、戦術的な練習での出来事だった…
川崎フロンターレの二次合宿10日目、2月2日の午前練習中のこと。攻撃陣と守備陣とに分かれ、戦術的な練習での出来事だった。
ピッチ上の選手同士の激しさとは裏腹に、張り詰めた空気特有の静けさの中、おもむろに「トオヤ(名願斗哉)、行けよ!」との声が聞こえてきた。声の主は車屋紳太郎。名願と対峙する相手選手の周囲にはスペースが生まれており、複数の選択肢が取れる状況にあった。そのまま放置してしまうとドリブルにパスにクロスと何でもできる状況で、それらの選択肢をいかに削れるのか。圧力をかけて精度を落とすことができるのか。そうするために、名願はプレスに行く必要があった。車屋の的確な一言だった。
この場面に限らず車屋がピッチ上でかけている声が聞こえてくることが増えている。谷口彰悟の移籍後、車屋は年長者の一人として、少なくともディフェンス陣のリーダー的な役割を果たそうとしてきている。それは例えば1月17日の取材時のこの言葉から明らかだ。
「声を出すところとか、そういうところはショウゴ(谷口彰悟)さんはやってましたし、そういうのは自分がリーダーだと思って、ディフェンスラインを引っ張っていけたらいいかなと思います」
■「自分がリーダーとしてやっていきたい」
この言葉を念頭に、2月2日の練習後にも改めてリーダーとしての役割を聞いてみたが、思いは強くなっているという。
「自分がリーダーとしてやっていきたいという気持ちは強くなってますし、声のところで引っ張って行けるように意識してます」
谷口彰悟の移籍の穴は簡単には埋まらないと目されていたが、そうはさせじと残された者ができる限りの努力を続けている。少なくとも、車屋が守る最終ラインは大崩れすることはないのではないか。そう期待できる状況が続いている。
【江藤高志】
えとう・たかし/大分県中津市出身。IT系出版社で雑誌や書籍などを編集していた1999年に、パラグアイで行われたコパ・アメリカを観戦。これを機にサッカーライターに転身した。当初は故郷のJ2クラブ、大分トリニータを取材。石崎信弘監督との縁もあり、2001年途中から川崎フロンターレの取材を開始した。15年から『川崎フットボールアディクト』を創刊し、編集長として運営。今に至る。