内川聖一(大分B-リングス)インタビュー@中編40歳でNPB引退を決断した理由「受け入れるしかなかった」 2022年も実…
内川聖一(大分B-リングス)インタビュー@中編
40歳でNPB引退を決断した理由「受け入れるしかなかった」
2022年も実績のあるベテラン選手の多くがユニフォームを脱ぐことになった。糸井嘉男は41歳、内海哲也は40歳、金子千尋は39歳、嶋基宏と坂口智隆は38歳......。
40歳の内川聖一は同世代の引退について、何を思うのか。高校卒業後から22年間過ごしてきた愛着ある世界を離れる決断をした今、心に秘めた本音を聞いてみた。
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内川聖一でさえも苦しんだピッチャーとは?
── インタビュー前編でWBCについて話をうかがった時、ダルビッシュ有選手や大谷翔平選手の名前が出ました。現役時代、対戦するのが楽しみだった投手はいましたか?
「楽しみという感覚はなかったですけど、特別な感情があったのは、やっぱりテツ(内海哲也)ですね。テツは同い年(1982年生まれ)なんです。
僕が首位打者を獲った2008年シーズンの初め頃、テツからレフトフェンス直撃のツーベースを打ったことがありました。その時に『俺、今年、打てるな』と手応えを掴んで、実際に首位打者を獲ることができたんです。
そうやって意識させられる存在でした。テツと対戦する時は、やっぱり特別でしたよ。あとは、やっぱり大谷選手とダルビッシュ選手かな」
── 大谷選手はどういう存在でしたか。
「実は、彼との初対戦でバックスクリーンにホームランを打ってるんですよ。当時の映像を見たら、152キロのストレートでしたね。
大谷選手はまだ高卒1年目。プロの先輩としての力を見せることができてホッとした記憶があるんですけど、気がついたら手も足も出ないようなピッチャーになっていましたね(苦笑)。
2016年に(ホークスが日本ハムに)11.5ゲーム差をひっくり返された時も、彼から与えられたダメージはすごく大きかったという記憶があります。今は押しも押されぬスーパースターですけど、その成長の過程をまざまざと見せつけられましたね」
── ダルビッシュ選手に関しては、いかがですか。
「彼の場合は変化球も多彩だし、基本的にどの球も勝負球になるし、どの球でもカウント球になる。すべてのボールがすばらしいピッチャーだったので、僕がパ・リーグに移籍して1年目の時は本当に驚きましたね。こんなにスライダーが曲がるのかって」
── 対戦成績はどうだったんですか?
「ほとんど打ってないんじゃないですかね。もう、打席に入る前から負けていた気がします。
僕はあまり球種を絞ったり、狙いを決めるタイプじゃなくて、真っすぐをどっちの方向に打つかを決めて、そこからの球速差でどう対応するかというタイプだったんですけど、今考えると、もっと狙いを決めて打席に入るべきでしたね。あれだけ球種があるので、全部追いかけるのは厳しかったです」
── いいピッチャーと対戦する時は、内川さんのような実績がある選手でも、嫌なものなんですか。
「もう、嫌でしたよ(笑)。若い頃に先輩からは『4打数4安打、毎日自分がお立ち台に立つという気持ちで試合に入れ』と言われていたんですけど、彼らとやる時は、3打数1安打、1フォアボールだったらもうけもんだな、という感じでしたから。
4打数ゼロ安打だけにはしたくはない......という。だからその時点で、気持ち的に負けていたんですよね」
── 特別な感情を抱いていた内海選手も、同じタイミングで引退されましたね。
「近年は二軍での対戦も何度かありました。ベルーナドームで対戦した時は、しょうもない当たりのセンター前ポテンヒットでしたけど、すごくうれしかったですよ(笑)。
先に辞めるというのを聞いて、『お前、早いよ』って話をしたんですけど、テツからは『お前は長くやれよ』と声をかけられたんですよね。その時は僕も続けるつもりだったので、まさか同じ年に辞めることになるとは思わなかったです」
── 嶋基宏選手や坂口智隆選手も含め、同年代の選手が引退することについてはどのように感じていますか。
「順番としてはしょうがないのかな、という気持ちがありつつ、僕らよりも年齢が上の選手がまだ頑張っている姿を見ると、この人たちは本当にすごいなと思いますね。
実際にプレーを見ていても、まだまだできるだろうなと感じます。引退した立場から言うと、彼らが辞めるきっかけは何だろうなって気になりますね」
── 内川さんもまだまだできると思っている後輩がたくさんいると思いますが。
「そう言ってもらえるのはありがたいですね。引退試合でもレフト線のツーベースを打ったし、二軍の最終戦でもホームランを打つことができました。40歳でもこれだけやれるというところを、最後に若い選手に見せられたのはよかったですね」
── やり残したことはありませんか?
「その時、その時で、これ以上できないなと思うくらいまで練習をやってきたつもりですし、結果も出してきたつもりです。だけど、終わりが近づくなかで感じたのは、もうひと踏ん張りできたんじゃないかということ。
その時はしんどかったし、これ以上できないわと思ってやってましたけど、その場面、その場面でもう少し頑張れていれば、もっと結果は違っていたんじゃないかって。やり残したというか、そこが一番、悔いが残るところです」
── 『辞める』という決断と『もっとできる』という思いで、気持ちが揺らぐことはなかったですか。
「もう、5分おきくらいに、気持ちは変わっていましたね。試合が始まる前はしんどいなと思っていても、ヒットを打ったら、まだできるんじゃないかって。その繰り返しでしたね。
でも、ある時に『新たな道に進むのなら、このタイミングなんじゃないか』って思ったんです。いつか区切りをつける時期は絶対に来るわけで、自分の人生を選択する時は、今なのかもしれないなって」
── 具体的な出来事があったわけではなく?
「今までの人生を振り返ると、野球をプレーすることが軸になって、人生を選択してこられているんです。当たり前に少年野球をやって、中学でも、高校でも野球をやってきた。進路のことで悩んだのは、大学に行くか、プロに行くかという時だけでした。
野球をプレーすることが当たり前のなかで生きてこられたことはありがたかった。そう思う一方、そろそろ人生を自分で組み立てる時期が来たのかなと思ったのも、たしかなところです」
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【profile】
内川聖一(うちかわ・せいいち)
1982年8月4日生まれ、大分県大分市出身。2000年ドラフト1位で大分工高から横浜ベイスターズに入団。10年間プレーしたのち、2011年に福岡ソフトバンクホークスにFA移籍する。2008年、2011年と両リーグで首位打者に輝くなど、球界を代表する稀代のアベレージヒッター。2018年にNPB史上51人目の通算2000安打を達成。2020年から東京ヤクルトスワローズで2年間プレーしたのち、2023年より独立リーグの大分B-リングスへの加入を発表する。185cm、93kg。右投右打。