大島僚太が取材に応じた。1月26日の川崎フロンターレ、二次合宿3日目の午後練習後のこと。 翌1月27日の非公開の練習試…

 大島僚太が取材に応じた。1月26日の川崎フロンターレ、二次合宿3日目の午後練習後のこと。

 翌1月27日の非公開の練習試合を前に、川崎は午前練習で戦術練習を、午後練習ではセットプレー練習を行った。キッカーの一人としてCK、FKを蹴り分けていた大島の状態は、一次からの合宿を通して良さそうに見えていた。ただそう伝えたあとの大島の反応は「ぼちぼち」というものだった。

「個人の部分はぼちぼちです(笑)。でもこのキャンプと練習試合の期間中に、気持ち的なところだったりを整理して、スッキリさせられたらなという感じはあります」

 現状、大島がまだスッキリできていないのは、直近の2シーズンでケガに泣かされてきたから。まだ「怖さ」があるのだという。そしてその怖さをこの合宿で「克服していけたらなと、思っています」と話す。そしてそのためには「ケガをしない動き」を見つけたいとしていた。

■大島が取り組むケガをしない体作りへの挑戦

 なお、参考までに川崎は1月13日に麻生練習場に谷川聡筑波大准教授を招きデータ測定を実施。三笘薫も教えを受けたという谷川准教授は、大島を含む希望者に走り方についてのレクチャーを行っている。大島はこの経験を踏まえ、ケガをしない体作りへの挑戦を続けている。

「筋肉に対して準備と言うか、ストレスを掛けることで予防するというところは丁寧に話をしてくれたので。練習の合間合間も含めて、しっかりと取り組み続けたいなと思います」

 川崎のタイトル奪還の鍵を握る選手の一人が大島であることに異論を挟む人は少ないだろう。大島が年間を通し出場し続けることがチームに大きな力になるはず。だからこそこの合宿が大島にとって年間を通してプレーし続けるためのいい準備になることを願いたい。

【江藤高志】
えとう・たかし/大分県中津市出身。IT系出版社で雑誌や書籍などを編集していた1999年に、パラグアイで行われたコパ・アメリカを観戦。これを機にサッカーライターに転身した。当初は故郷のJ2クラブ、大分トリニータを取材。石崎信弘監督との縁もあり、2001年途中から川崎フロンターレの取材を開始した。15年から『川崎フットボールアディクト』を創刊し、編集長として運営。今に至る。

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