カタールW杯でFIFAの国際映像に映り、「話題の美女」として大バズりしたモデルのSHONOさんをインタビュー。そもそもな…
カタールW杯でFIFAの国際映像に映り、「話題の美女」として大バズりしたモデルのSHONOさんをインタビュー。そもそもなぜ彼女はW杯のあの場にいたのか。幼い頃からのサッカー好きが高じて仕事になり、W杯現地観戦のチャンスを得てブレイクするという、本人曰く「夢のような」ここまでのストーリーを語ってもらった。

カタールW杯で話題になったSHONOさんをインタビュー
【物心つく前からジュビロ磐田の観戦に】
――SHONOさんは静岡県浜松市出身で、子どもの頃からジュビロ磐田の試合を見に行っていたそうですね。
両親が昔から熱心なサポーターで、物心つく前からヤマハスタジアムに連れていってもらいました。その頃うっすらと覚えている記憶は、試合後のファンサービスで選手がスタンドにボールを投げ入れてくれるのを、一生懸命ねだっていたことですね(笑)。
――ちゃんと覚えているのはいつ頃ですか?
2000年頃からですね。完全優勝した2002年とか、ジュビロが本当に強かった時代でした。スタジアムに行くたびにジュビロが当たり前のように勝つので、楽しくて仕方なかったです。小学生の頃は、ほかの女の子が可愛いキャラクターものにハマるなかで、私はジュビロくんの筆箱とか、選手のクリアファイルを使っていて男の子みたいでした。
――当時、夢中だった選手はいたんですか?
母が福西崇史さんの大ファンで、その影響で私と妹も福西さんのファンでした。例えば銭湯に行って靴を下駄箱に入れる時に、必ず福西さんの背番号の23番に入れたり、何かと23にこだわっていました(笑)。
――SHONOさんは熱心なマドリディスタ(レアル・マドリードのサポーター)としても知られていますが、どんなきっかけがあったんですか?
最初のきっかけは「LIFE CARD CUP REAL MADRID WORLD TOUR 2005 IN JAPAN」というツアーのジュビロとの親善試合です。
もともと父がバルセロナのファンで、ラ・リーガやチャンピオンズリーグの試合をよく見ていたんですね。それを私もたまに見ていたんですけど、ジュビロとの親善試合で初めて身近に感じた海外のクラブがマドリーだったんです。
――その親善試合をきっかけに追いかけ始めたんですか?
しばらく経ってからですね。マドリーにクリスティアーノ・ロナウドが来て、ジョゼ・モウリーニョが監督になった2010年くらいから、海外のサッカーが日本でもだいぶ見やすくなってきて、私も見るようになったんですよね。
そこから子どもの頃の記憶として名前が残っていたマドリーを見始めて、以来一切浮気せずにずっとマドリーを追いかけ続けて大好きになりました。私がハマった最初のジュビロのように圧倒的に強くて、すぐ夢中になりましたね。
【レアル・マドリード愛をアピールしていたら......】
――高校生の頃にドラムをきっかけにスカウトされて、そこから音楽をメインにタレント活動を始めたそうですね。サッカーの仕事もしていきたいというのは、当時からあったんですか?
サッカーは本当に趣味でしかなかったので、仕事につながるなんて思ってもいなかったですね。
――サッカーが仕事につながっていったきっかけはなんだったんですか?
2015年に「ミスiD2016」のオーディションがあって、みんながアイドル衣装とか水着でオーディションに来るなかで、私は全身マドリーのユニフォームを着て行ったんです。「これが私の勝負服です!」って(笑)。
「あなたにとってのアイドルは誰ですか?」という質問に「グティです!」とか、「好きな本は?」という質問にも「『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)です!」とか、マドリー愛ばかりを語っていました。
それをサッカーメディアの『サッカーキング』さんが見つけてくれて、当時まだニコニコ動画の「サッカーキング ハーフ・タイム」にゲストで呼んでいただけたんです。初めて仕事でサッカーのことを話す機会だったので、ライブより緊張しましたね(笑)。
――そこから『ハーフ・タイム』にレギュラー出演されるようになったわけですよね。
最初は本当にびっくりしました。レギュラー出演というものも初めてだったので大丈夫かなと不安もありつつ、すごくうれしかったです。ただ、本当にジュビロやマドリーが好きっていうのは趣味でしかなかったのに、それを仕事としてやっていいのかなって。
そう思いながらも好きなことを仕事にできるって幸せだし、ラッキーじゃないですか。だから私は恵まれているなって思いましたね。
――カタールW杯にはどんな経緯で行くことになったんですか?
昨年8月頃にABEMAさんの招待で『サッカーキング ハーフ・タイム』の代表として「YouTubeの企画撮りもするのでSHONOさんも行きましょう!」と誘ってもらえたんですよね。
――その誘いをもらった時はどんな思いでした?
電話をもらった時は「え、私ですか!? 私でいいんですか!?」って家でずっと叫んでいました(笑)。夢のようでしたね。
ブラジルW杯は地元の友だちとスポーツバーとかで見ていたんですけど、『サッカーキング』が私のことを見つけてくれて、ロシアW杯では連日振り返り放送をしているなんて想像もしていなかった。それで、今度は現地にまで連れてってくれて、本当に人生を変えてくれましたね。
【カタールではノリノリで各国の撮影クルーに応えていた】
――ドイツ戦の前日にカタール入りして、3泊5日というスケジュールだったそうですね。当日は何時頃にスタジアムに向かったんですか?
向こうの時間で16時にキックオフだったんですけど、13時頃にはもう着いていましたね。
――FIFA公式のカメラに映ったのは、どんなタイミングだったんですか?
あれは奇跡というか、本当にたまたまだったと思います。スタジアム周辺のフォトスポットに、いろんな国の撮影クルーの人たちがずらっと並んでいるんですよ。
そのカメラの一帯の前を通って会場入りしようと入場ゲートに向かっていると、みんなカメラマンたちに「こっちもこっちも!」みたいな感じで声をかけられるんです。どのカメラがどの国のものかなんてわからず、とりあえず声をかけられたほうにノリノリで応えていたんですね。
その時に2人組のクルーに「ハーイ!」って声をかけられたので、軽いノリでピースってカメラに向かってやったら、それがFIFA公式カメラだったんですよ。
ほかは結構大掛かりな撮影クルーだったので、まさかこじんまりとしたあの2人組が公式カメラだとは思いもしなかったですね(笑)。たぶんへそ出しスタイルでいる日本人サポーターが私以外にいなかったので、声をかけてくれたのかもしれないですね。
――その5秒の映像がFIFA公式のTwitterで世界中に拡散されて、ドイツ戦後にはSNSでバズりまくってたわけですよね?
スマホの通知がずっと鳴り止まなくて、最初はなにが起こっているのかわからず、「アカウントが乗っ取られたわ」と思いましたね(笑)。帰国したらそれどころの騒ぎではなくて、仕事の依頼が止まらないんですよ!
相変わらずスマホの通知は鳴り続けているし、「これがバズるってことなんだ!」ってうれしかったですね(笑)。インスタグラムだけで2万5千から17万人にフォロワーが増えました!
――それはすごいですね。それがきかっけでテレビにもかなり出演されていましたよね。
自分でもわからないくらい出ましたね。予定が多すぎてわからなくなっちゃうので、スケジュールは前日の夜に翌日の予定を送ってもらって確かめるというのが1カ月くらい続いて、怒涛の勢いで過ぎていった夢のような時間でした。
【改めてサッカー好きでよかった】
――昨年12月22日のSNSの投稿でジュビロ磐田の公式アンバサダー就任を報告されていますが、これもバズったことがきっかけだったんですか?
そうですね。バズったおかげで出られたいろいろな番組でジュビロ愛を語っていたら、アンバサダーの話をジュビロさん側からいただけたんですよ!
昔からジュビロの仕事がしたいと言ってはいたものの、叶わないだろうなと思っていたんです。だから本当にうれしくて、このアンバサダー就任がこの1カ月ではもちろん、今までの人生のなかでも一番うれしかったことかもしれないですね。
――話をもらった時は真っ先にご両親に報告されたんですか?
それがあえて言わなかったんですよ。公式発表で初めて知って、もう両親も大喜びです。今まで旅行に連れてったり、いろんなものプレゼントしたりしましたけど、一番の親孝行になったと思いますね。
ジュビロは本当に地域密着型で、地元の人たちが応援しているクラブなんですね。でもこれから全国にファンが増えるように、アンバサダーとしてやれることはなんでもやって、全力で広めていきたいですね。

「サッカー好きでよかった」と語るSHONOさん
――これからさらにサッカーの仕事の可能性が広がっていくと思いますが、今後はどんな仕事がしていきたいですか?
物心つく前からサッカー漬けで、オーディションでそのサッカー愛を語ったことで『サッカーキング』さんに見つけてもらって、カタールにまで連れてってもらえて、ジュビロのアンバサダーにもなれました。
ここまで来たら、ワールドワイドにマドリーの仕事もできたらいいなと思っています。私が最初に見た2005年当時の選手だったジネディーヌ・ジダンとか、現監督のカルロ・アンチェロッティとかに仕事で会えたらすごいですよね。
そして将来は、自分の番組にジダンやアンチェロッティをゲストに呼べたら最高ですよね。言うだけはタダなので、そんな夢もいつか叶えてみたいです(笑)。
――今回お話を伺って、あのカメラに抜かれたのはたまたまかもしれないけれど、そこに至る経緯はすべてちゃんとつながっていると感じました。次、4年後のW杯ではどうなっていたいですか?
次は公式映像にたまたま抜かれるとかではなくて、レポーターという立ち位置で大会に1カ月間滞在して、フルに番組に出演できるようになっていたいです。
サッカーは子どもの頃からただの趣味でしかなかったんですけど、一つのことをずっと好きでいるとこんなにもいいことがあるんだなって。改めてサッカーを好きでよかったと思いました。4年後、またどんなことが待っているのか楽しみですね。
SHONO
しょーの/1994年8月10日生まれ。静岡県浜松市出身。モデル・タレント。ガールズメタルバンド『PARADOXX』のドラマー。幼いころからサッカー観戦に親しみ、2015年からサッカーメディアでの活動も行なう。昨年末、仕事で訪れたカタールW杯でFIFAの国際映像に映り込み、SNSで拡散されたのがきっかけで大ブレイク。帰国後、各種メディアに出演。ジュビロ磐田公式のクラブアンバサダーにも就任した。
Twitter:@SHONO_14
Instagram:shono.contact