元寺尾・錣山親方の『鉄人』解説~2023年初場所編元関脇・寺尾こと錣山(しころやま)親方が、本場所の見どころや話題の力士について分析する隔月連載。今回は、親方の愛弟子となる阿炎関の、昨年の九州場所(11月場所)での幕内初優勝を振り返りつつ、…

元寺尾・錣山親方の『鉄人』解説
~2023年初場所編

元関脇・寺尾こと錣山(しころやま)親方が、本場所の見どころや話題の力士について分析する隔月連載。今回は、親方の愛弟子となる阿炎関の、昨年の九州場所(11月場所)での幕内初優勝を振り返りつつ、1月8日から始まった初場所(1月場所)での活躍が期待される力士をピックアップしてもらった――。



昨年の九州場所で幕内初優勝を飾った阿炎

 遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。本年も、私、錣山の「鉄人解説」をよろしくお願いいたします。

 1月8日から始まった大相撲初場所は、「次期・大関候補」と目されている関脇・豊昇龍、平幕(前頭3枚目)の阿炎らが好スタートをきりました。

 阿炎は私の弟子ですが、おかげさまで昨年の九州場所(11月場所)で幕内初優勝を飾ることができました。3年前には新型コロナウイルス感染防止におけるガイドライン違反で出場停止処分を受けたにもかかわらず、以降も変わりなく応援してくださっているファンのみなさまには感謝しかありません。

 阿炎自身、「みなさんに支えられていた」ということを改めて理解したようです。"災い転じて福となす"ではありませんが、彼が苦労を経験したことは本当によかったと思っています。

 阿炎が優勝を決めた時、私は東京の病院に入院していました。先場所、この連載コラムをお休みさせていただいたのも、それが理由です。

 それはともかく、同場所の千秋楽、私は病室で一人きりでテレビを見ていました。取組が進むにつれて、もう心臓がバクバクしてきて......。そして迎えた優勝の瞬間、ふだんなら部屋の誰かがそばにいて、喜びを分かち合うこともできたのでしょうが、それもできないなか、何か抱きつくものがほしかった私は、病室のビニール製の間仕切りを握り締めていました(苦笑)。

 ところで今回、入院して部屋を離れていたため、気がついたことがありました。それは、弟子の相撲を一歩引いた目で冷静に見られたことです。

 私の部屋では、本場所に行く前、そして帰ってきた時と、弟子たちは私に挨拶をするのですが、近くにいると頭ごなしに怒りの言葉を発してしまうこともあるんですよね。すると、それによって迷いが生じてしまう弟子もいたりします。

 でも、九州場所の時は、余計なことは言わず、メールのやり取りだけ。阿炎に対してもそうでした。それが、功を奏した部分もあるかもしれません。退院してからは、他の弟子にも具体的な欠点を指摘。「それを2023年の目標にしなさい」とだけ言いました。

 阿炎の優勝は、一番のプレゼントというか、お見舞いになりましたが、千秋楽が終わればすべては過去のこと。いつまでも浮かれていないで切り替えていくよう、本人には厳しく言い聞かせました。

 ですから、阿炎が冬巡業から帰ってきて久しぶりに顔を合わせた時も、あまり多くの言葉をかけることはありませんでした。さらに前へ進んでいかなければいけない男ですからね。

 さて、今場所"台風の目"になりそうな力士を挙げれば、ズバリ阿武咲(前頭8枚目)です。3日目の妙義龍戦の取り直しの一番、4日目の遠藤戦は、「これぞ、阿武咲の相撲!」と言える、すばらしい押し相撲でした。

 阿武咲は18歳で新十両に昇進。20歳で新入幕を果たし、21歳3カ月で三役昇進を遂げた実力派です。しかしその後、ヒザを負傷。番付を下げていました。ヤンチャな一面を持っていても、ケガをすると相撲をとるのが怖くなるものです。

 それでも、先場所くらいからその恐怖心を払拭できたのか、徹底した突き押しを見せるようになりました。以前のように闘志を表に出して、顔つきも勝負師らしくなってきました。

 ライバル視している阿炎の初優勝も刺激になっているのでしょう。「阿炎が優勝できるんだったら、オレだってできる!」――そんな負けん気がパワーとなって、今場所の好調にもつながっていると思います。

 他に注目しているのは、ベテラン35歳の佐田の海(前頭4枚目)です。勝ち星には恵まれていませんが、3日目に竜電を一発で持っていった相撲(押し出し)を見ると、前に出る力がついているな、「強いな」と感じました。

 15歳で初土俵を踏んだ佐田の海が幕内に上がったのは、26歳。決して早い出世ではありませんでした。しかしそこから努力を重ね、30歳をすぎてからもジワジワと力をつけてきているのはすごいことです。

 佐田の海のお父さんは、元小結の佐田の海関(出羽海部屋)という力士ですが、ここにきてその相撲っぷりが、お父さんに似てきたような気がします。

 現役時代、私も佐田の海関とは何度も対戦したことがあるのですが、思い出すのは1985年名古屋場所(7月場所)での初顔の一番です。佐田の海関は色白の体をしていて、柔らかそうな印象を持っていたのですが、実際に対戦してみると、非常にがっしりしていて、ものすごく強かった! 若かった私は、相撲の奥深さを学びました。

 二代目・佐田の海には、まだまだ伸びしろがあります。彼が目標としているお父さんの地位(小結)に、ぜひとも駆け上がっていってほしいです。

錣山(しころやま)親方
元関脇・寺尾。1963年2月2日生まれ。鹿児島県出身。現役時代は得意の突っ張りなどで活躍。相撲界屈指の甘いマスクと引き締まった筋肉質の体つきで、女性ファンからの人気も高かった。2002年9月場所限りで引退。引退後は年寄・錣山を襲名し、井筒部屋の部屋付き親方を経て、2004年1月に錣山部屋を創設した。現在は後進の育成に日々力を注いでいる。