文武両道の裏側 第14回 入江聖奈(東京五輪ボクシング女子フェザー級金メダル) 前編(全2回) 2012年ロンドン五輪から正式種目として採用された女子ボクシング。この種目ではこれまで五輪の舞台にさえ立てていなかった日本人選手が、2021年東…

文武両道の裏側 第14回 
入江聖奈(東京五輪ボクシング女子フェザー級金メダル) 前編(全2回)

 2012年ロンドン五輪から正式種目として採用された女子ボクシング。この種目ではこれまで五輪の舞台にさえ立てていなかった日本人選手が、2021年東京五輪に初出場しただけでなく、史上初のメダル、それも金メダルを獲得した。

 その選手こそが、女子フェザー級金メダリストの入江聖奈(日本体育大学4年)になる。入江はその後、東京農工大学大学院への進学を決め、ボクシングの世界に続き、今度は大好きなカエルの研究でアカデミックな世界を極めようとしている。入江流の「文武両道」に今回、直撃してみた。



東京五輪で金メダルを獲得した入江聖奈

 
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【金メダルは「過去の栄光」】

ーーこれまで文武両道のアスリートをインタビューしていくなかで、文武両道には大きく分けて、「文」と「武」の同時進行パターンと、ある期間は「文」、ある期間は「武」と切り替えていくパターンがありました。入江さんはどちらになると思いますか?

入江聖奈(以下、同) 私はたぶん、後者です。実は大学院受験のちょっとあとに、本来なら派遣していただける国際大会があったんですが、受験とボクシングを同時に頑張れないなと思ったので、派遣はお断りさせていただいて。受験一本に集中しました。

 勉強とボクシングをどっちにも手をつけて、どっちも結果が得られなかった時のことを考えると、悲しすぎるので......。私はこれという時には、そのことに100パーセントで、それ以外はゼロみたいな、そういう感じでいくタイプなんだと。

 それに、本当に集中してダメなら諦めもつくので、そういう意味合いもあるかなと思っています。

ーー東京五輪では女子ボクシング史上初のメダリスト、それも金メダリストという称号を手にしました。東京五輪はどんな大会でしたか?

 金メダルを獲ったのは事実なんですけど、もう過去は過去ですし......。たとえば、金メダルのことを身内はずっと覚えてくれてると思うんですけど、それ以外の人たちにとっては、次の五輪もあるわけで、たぶん、またその五輪の記録や感動に心動かされて、どんどん忘れられていくんだと思うんですよ。

 だから、あんまりこだわらずにいきたいなというのが私のなかにあって。簡単に言ったら、過去の栄光にすがらないようにしないと、周りとのギャップについていけなくなっちゃう。そう思っているんです。

【中学時代に母親と大ゲンカ「鬼じゃないかって!」】

ーーボクシングに関して、思い残すことはまったくないですか?

 この間(2022年11月11日決勝・銀メダル獲得)、ボクシングのアジア選手権があったんです。その時に、自分のために頑張るボクシングはあの大会で終わったのかなと、私のなかでは思っています。

 たぶん、全日本選手権(2022年11月27日)まで頑張ったら、もう未練ゼロだと思います。(※インタビューは2022年11月中旬に行なった。後日、全日本選手権で優勝)

ーーイメージ的には、ボクシング漫画『あしたのジョー』(講談社)の矢吹丈みたいに、真っ白な灰になってしまう感じですか?

 あれくらいきれいに燃え尽きたいですよね。

ーーところで、ボクシングを始めるきっかけがボクシングマンガとのこと。1976〜1981年に週刊少年サンデーに連載された名作『がんばれ元気』(小学館)だったそうですね。

 小学生の時に『がんばれ元気』を読んだんです。人間模様とかストーリーとか全部好きで、ボクシングを頑張ってる主人公の堀口元気がすごくカッコよく見えました。

 私はすぐに影響されちゃう人間なので、ボクシングをやれば堀口元気みたいになれる。堀口元気みたいな人生を歩めるはずだと、勝手に勘違いしてたと思うんですよ(笑)。



インタビューに応じる入江

ーー小学2年生からボクシングクラブでボクシングを始め、中学時代は陸上部にも所属。陸上部での練習が、ボクシングに活きましたか?

 シンプルに走る力はだいぶついたかなと。お母さんが昔、陸上の100mをやっていて、小学生の時には国立競技場で走ったことがあるくらい速かったそうなんです。それなのに、私にはボクシングのためにきつい中距離をやりなさいと言ってきて。

 その時は、めちゃくちゃケンカしましたよ。鬼じゃないかって! でも、それが活きたと思うので、今はお母さんに感謝してます。

 それに、ボクシングのコーチは「走れ!」と言う方が多くて、合宿とかでも、私は体力的に全然余裕で、けっこう目立てたりしました。そういう意味で、陸上を3年間頑張ってよかったです。

【中学時代は文武両道、高校では...】

ーー高校時代はボクシング一本でいくことになります。当時の入江さんは、ボクシングではどこまでいける、どこまでいきたい、と考えていましたか?

 短期的な目標で言えば、日本一に絶対なるつもりでやってました。長期的な目標はまだフワフワした感じでした。

 それが高校3年の時、全日本選手権のシニアの部で優勝できたことで、東京五輪の日本代表にもかなり近づいた感じがしました。それからは東京五輪で金メダルを獲りたいって具体的に意識できるようになりました。

ーー当時、どれくらい練習をしていたのか教えてもらえますか?

 高校では、毎日で午後4時から8時まで練習してました。長くて、ずっと時計を見ながら練習していて。その4時間練習を日々乗り越えるのに必死でした。

ーー高校時代は文武両道をできましたか?

 スポーツ推薦で大学に行く気満々だったので、どうしても勉強する気は起きないですし、赤点、いっぱいとってました(笑)。

 でも中学時代はちゃんと文武両道してましたよ。勉強と陸上を両立して、中学はちょっと賢かったかな......。塾には行ってなかったけど、(通信教育の)進研ゼミで頑張ってテストの点数をとれるようにしてました。

ーー両親から文武両道について何か言われたことはありましたか?

 私はひとりっ子なんで、本当に自由気ままに育てられてきたんです。教育方針もそうで、「勉強しろ」とか言われたことはなくて、何時間ゲームしてても何も言われませんでした。

 特にお父さんが甘くて、勉強じゃないんですけど、好きなように食べるのが一番おいしいという方針で育てられてきたこともあって、私はテーブルマナーを知らないんですよ。それが今、私が一番焦ってることですかね。

ーーちなみに得意科目と不得意科目は何になりますか?

 得意な教科は英語で、不得意なのは数学ですね。英語は、スピーキングとリスニングは苦手だったんですけど、ライティングはけっこうテストでは満点とれるくらいでした。中学生の時の話ですが、今でも英語の勉強は苦じゃないので、中学の頑張りが活きているのかなと思います。

 数学は、なんか生理的にダメなんですよね。中学だけじゃなくて、高校も諦めていたんですよ。なんか本能的に理解できない感じで。でも今、カエルの専門書とかを読んでいて、いろんな数学の記号が出てくるので、なんとか克服しないといけないかなと......。

【ゼミの研究は「浮気の境界線」】

ーー日本体育大学へ進学した理由は?

 まず日体大に決めたのは、ボクシング部の女子部員が多いのと、ボクシング場がすごくきれいなのと...あとすごくサポートしていただける体制が整ってたからなんです。

 高校時代みたいな4時間練習もなくて、練習は2時間くらいできっちり終わるので、最後まで集中できる。何よりボクシング部の同期の存在が私にとってすごく大切で、本当に頑張れました。特に、女子の同期が本当にすばらしくて、大学だと同期しか友達がいないくらい、いい同期なんですよ。

 大学の成績は可もなく不可もなく......ちゃんと卒業できると思います。他の人と成績をあまり比べたことはないんですが、たぶん女子の同期のなかでは2番目くらいになると思います。5人中ですけど。

ーーゼミでは「浮気の境界線」を研究していたそうですね。

 大学3年のゼミの時に、みんなで何研究しようかという話になって、どこからが浮気だと大学生は感じるのかと。もうすでに結果は出てるんですが、いくつかの項目をインタビューしてみて、大学生が急に浮気だって思うところが、「異性と事務的ではない、プライベートなやりとりを毎日していると疑われる」という結果になりました。

 つまり、「今日、何を食べたの?」「今日、どこへ行ったの?」という会話が毎日続くようになると、大学生からは浮気だって思われちゃうんですよ。パートナーのいるみなさんは、大学生の前で、そういうプライベートな会話を毎日するのは避けたほうがいいですね!(笑)

インタビュー後編<入江聖奈「カエルはラブリーで尊い」。ボクシング継続を望む声にもキッパリ「きつい練習するのは私なんで」>

【プロフィール】
入江聖奈 いりえ・せな 
元ボクシング選手。日本体育大学4年。2000年、鳥取県生まれ。小学生の時にボクシング漫画『がんばれ元気』(小学館)を読んだことをきっかけに競技を始める。2018年、高校3年で全日本女子選手権初優勝。2019年、世界選手権に初出場しベスト8入り。2021年の東京五輪では女子フェザー級で日本ボクシング史上、女性初となる金メダルを獲得。2022年11月のアジア選手権で2位。同11月の全日本選手権2連覇を最後に現役引退。2023年4月からは東京農工大学の大学院でカエルの研究を始める。