阿炎インタビュー2022年の九州場所(11月場所)で、奇跡の逆転優勝を遂げた阿炎(当時前頭9枚目)。新型コロナウイルスに関する相撲協会のガイドライン違反で3場所連続の出場停止処分を受けるなどして、一時は幕下まで陥落したが、見事な復活を果たし…

阿炎インタビュー

2022年の九州場所(11月場所)で、奇跡の逆転優勝を遂げた阿炎(当時前頭9枚目)。新型コロナウイルスに関する相撲協会のガイドライン違反で3場所連続の出場停止処分を受けるなどして、一時は幕下まで陥落したが、見事な復活を果たした。そこで今回、当サイトの連載コラム『鉄人解説』でもお馴染みの錣山親方(元関脇・寺尾)の愛弟子でもある彼を直撃。幕内初優勝までの道のり、栄冠を手にすることができた要因について話を聞いた――。



昨年の九州場所で幕内初優勝を飾った阿炎

 新年あけまして、おめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

 昨秋の九州場所で初の幕内優勝を飾った自分は、例年にも増していい新年を迎えることができました。と同時に、これまで以上に身の引き締まる思いでいます。今年はより一層、相撲に精進していく所存です。

 それにしても、昨年の九州場所千秋楽は、自分でも驚くような展開になりました。

 優勝争いは、2敗の高安関(前頭筆頭)がリード。大関の貴景勝関と自分が3敗で追う形にあって、本割では高安関と自分との取組が組まれました。つまり、自分がこの一番に勝てば、高安関が3敗になって、優勝決定戦に持ち込むことができる状況となったのです。

 ある意味、それは非常にしびれる舞台設定と言えますが、周りの人が考えているほど、自分は意外と緊張しないタイプなんですよ。取組が決まった前夜は心臓がバクバクしていましたけど、いざ土俵に上がって相撲に向き合うと、緊張が収まるというか......。

 おかげで、その取組では立ち合いから高安関に押し込まれてしまいましたが、なんとか突き返して、左に回り込んでいなし、土俵際で突き倒すことができました。

 その後、結びの一番では貴景勝関が若隆景に勝利し、高安関、貴景勝関、自分の3人による優勝決定巴戦となりました。あとで聞いたのですが、巴戦は28年ぶりの出来事だったそうですね。

 くじ引きの結果、第1戦目は高安関と自分が対戦。この相撲、立ち合いで自分が変化したように思われていますが、実は違うんですよ。(正面から)当たっていって、横から攻めようとしたのですが、高安関の当たりが強くて、自分が飛ばされたような感じになってしまって......。気がついたら、高安関が土俵に手をついて倒れ込んでいたんです。

 続く第2戦、勝てば優勝が決まる貴景勝関との対戦です。大関経験者の高安関に対してもそうでしたが、自分はあくまでも挑戦する立場。相手にぶつかっていって、自分の力を全部出せたらいいんじゃないか、と考えていました。

 緊張ですか? この時も緊張することはありませんでした。だって、緊張したら損でしょ(笑)。誰だって、負けるつもりで土俵に上がっていませんしね。

 その時、頭をよぎったのは師匠(錣山親方)の顔でした。

 この場所、師匠は体調がすぐれず、東京の病院に入院していて九州には来れなかったんですが、毎日相撲が終わるとメールを送ってくれ、叱咤激励をしてくださっていました。千秋楽を迎える際にも、「気合いの入った相撲を見せてくれ」というメッセージをいただいていたんです。

 そんな師匠には、これまで迷惑ばかりかけてきました。新型コロナウイルス感染防止におけるガイドライン違反を受けた時には、自ら引退を決意して協会に引退届を提出したのですが、それを撤回するために、師匠が頭を下げてくださった。すべて自分が悪いにもかかわらず、一緒に弁明してくれた師匠のおかげで引退届は受理されず、もう一度相撲を取るチャンスをいただきました。

 それを機に、自分は成長しなければいけない、と強く思いました。だからこそ、大一番を前にして脳裏に浮かんだのは、師匠の顔だったのでしょう。

 迎えた貴景勝関との一番は、とても集中できていました。それゆえ、思いどおりの相撲が取れたと思います。

 結果、押し出しの勝利。頭が真っ白になって、観客の方の拍手や声援もまったく聞こえませんでした。あんな経験は初めてのことです。

 表彰式では、「ウソのような感じ。師匠には、一日一番、集中するように言われていたので、何も考えないでいきました」と言いましたが、実際、その時に起こっていたことが現実とは思えなかったんですよね。

 優勝できたことは、本当にうれしかったです。師匠にも、これで少しは喜んでもらえるんじゃないかと思うと、自然と涙ぐんでしまって......。人前で泣くことなんて、これまでにあったかなぁ? 自分は、明るい性格ですから(笑)。

 何はともあれ、一日3番相撲を取った千秋楽は、すごく長かったです。

 冬巡業が終わった12月半ば、東京に戻ってからは、地元(埼玉越谷市)での優勝パレードをはじめ、国技館に飾られる優勝掲額の撮影など、おかげさまで忙しくさせていただきました。

 優勝掲額の撮影には、妻と2人の娘も同行しました。ガイドライン違反で処分を受けたあと、相撲と向き合うために妻子とは別居。部屋での生活を送ってきましたが、昨夏からは同居が許されました。妻も娘たちも、長い間よく我慢してくれ、本当に感謝しています。

 家族に限らず、こんな自分を応援してくれているみなさんにも、感謝の気持ちしかありません。今後もその気持ちを忘れず、相撲に励んでいかなければいけないと思っています。

 初優勝を飾って「大関候補」などという、ありがたい評価もいただいています。もちろん、目の前にあるチャンスはつかんでいくつもりです。

 錣山部屋に入門した時から、自分の目標は現役時の師匠の最高位(関脇)を超えること。これまでは"夢"だったんですけど、ようやくそれ(大関)が見えてきました。今年はそこを目指して、飛躍の年にしたいですね。

阿炎 政虎(あび・まさとら)
1994年5月4日生まれ。埼玉県出身。錣山部屋所属。得意技=突き・押し。身長187cm、体重159kg。幕内優勝1回。最高位=関脇。幕内戦歴173勝134敗38休(1月7日時点)。初場所(1月場所)の番付=前頭3枚目。