リオネル・メッシのコメントをとるのは難しい。世界中のメディアがその言葉をほしがる一方、何より口数が少ない。何か言っても…

 リオネル・メッシのコメントをとるのは難しい。世界中のメディアがその言葉をほしがる一方、何より口数が少ない。何か言っても二言、三言だ。しかし、たまに口を開くからこそ、彼の言葉にはいつも真実がある。今回はそんなメッシの言葉を追いながら、彼のカタールW杯を振り返っていこう。

 私自身がこの大会中、メッシと言葉をかわせたのは3回だけだった。最初は初戦のサウジアラビア戦の試合後。メッシは記者たちには目もくれず、ミックスゾーンを突き進んでいったが、チームバスに乗る前に、どうにか彼を捕まえることができた。彼の言葉は短く、そして辛辣なものだった。

「みんなアルゼンチンの敗戦を喜んでいるんだろう。でも、そのなかでも僕たちは自分たちの道を見つけていく。人々はまだ本当のアルゼンチンの姿を知らない」

 そしてまるで予言者のようなこんな言葉を残した。

「今日泣く者は、明日笑うんだ」



ふだんは多くを語らないメッシだが、優勝後はさまざまな言葉を残している photo by JMPA

 実際、その後の物語はメッシが言ったとおりに展開していく。アルゼンチンはそれ以降、決して敗れなかった。メキシコ、ポーランドを次々と破り、首位で決勝トーナメントへ。次にメッシと話ができたのは、準々決勝のオランダ戦の試合後だ。

 メッシの表情はサウジアラビア戦の時とはまるで違っていた。数人のアルゼンチンの記者とともに彼を囲み、その日の試合について尋ねると、上気した顔でこう答えた。

「胃が痛くなるような、それでいて魂が震えるよう試合だった。たぶんここまでで一番難しい戦いだったと思う。まだ勝ったのが信じられない感じだ。オランダは僕たちに心理戦を仕掛けてきた。怒らせて冷静さを失わせようとした。でも、結局は強いほうが勝ったんだ」

 メッシはアルゼンチンのリーダーであり、導き手であり、守護者であり、スターでもある。しかし今大会ではそれにひとつ、新たな顔が加わった。率先して闘志をみなぎらせる闘将としてのメッシである。

 最後に私がメッシの言葉を聞けたのは、彼が世界王者となったばかりの時だった。メッシは記者会見を欠席し、アルゼンチンの選手はミックスゾーンでも立ち止まらず、歌い踊って通り過ぎていった。

【「人生で最高の日?」と聞かれて】

 だが、トロフィーを手に持っていたメッシはやはり責任を感じたのか、戻ってきて旧知の記者、数人と話をした。幸運にも私はそのなかに入ることができた。少し落ち着きを取り戻していたメッシは「あなたは今、世界ナンバー1だと感じていますか?」と聞かれると、少し困ったようにこう答えた。

「世界中の善良な人たちが、僕が世界一だと思ってしまうことに、今、ちょっと当惑している」

 なぜ当惑するのか? その答えはセルヒオ・アグエロとのやり取りのなかにあった。病気のため泣く泣く引退をしたアグエロだが、試合後はチームに合流、アルゼンチンのユニフォームを着て、まるで今も代表の一員であるかのように優勝を祝っていた。彼は喜びに沸くアルゼンチンロッカーの様子をSNSで配信していた。そのなかで彼はメッシに尋ねる。

「お前はすべてに勝った、いったい何が足りない?」

 メッシの答えはこうだ。

「世界一ということはもう上がないということ。これ以上、何も上達できなかったら、それは悲しいことだよ。僕にとっても、どんな選手にとっても」

 幼い日々から上を目指して生きてきたメッシらしい言葉である。

 決勝戦の試合後、メッシはアルゼンチン人の記者数人からのインタビューを受けている。私はそのうちのひとりから、その内容を教えてもらった。

「僕にとってはこれが5度目のW杯だったが、一番難しかったように思う。試合中、何度も踏まれ、削られ、痛めつけられてきた。しかしどんなに倒されても、毎回立ち上がってきた。勝利は最高の薬だよ」

 メッシは今回のW杯のシンボルのひとりだった。多くのチームが打倒メッシに燃えたのは当然だろう。そのため彼への当たりはきつかったのだろう。

「人生で最高の日?」と聞かれると、それは違うとメッシは言ったという。

「最高の日は息子たちが生まれた日だ。でも、サッカー選手としては3本の指に入る喜びだ。バルセロナでデビューした日、代表でデビューした日、そして今日だ」

【6回目のW杯出場の可能性は?】

 メッシは普通、自分の試合を見返すことはないという。だが、この試合だけは別だそうだ。

「自分のプレーを見るのはあまり好きじゃない。でもこの決勝は見てもいいかなと思っている。なにせ史上最高のW杯の決勝と言われているからね。見逃すのはさすがにもったいない」

 チームメイトたちへの気持ちも語っている。

「彼らの助けがなければこの勝利はなかった。アルゼンチンはすべてのキャラが揃ったチームだった。すばらしくクレイジーなGKディブ(エミリアーノ・マルティネスのニックネーム)。疲れ知らずの(ロドリゴ・)デ・パウル、勇敢な(アレクシス・)マック・アリスター、ゴールゲッター、ラウタロ(・マルティネス)、エレガントな(アンヘル・)ディ・マリア。100%信頼できるチームだった」

 さらにメッシは、今後についても注目すべき発言をしている。今回はメッシにとって最後のW杯と言われていたが、どうやら必ずしもそうではなさそうなのだ。

「今回、勝たなかったら引退するつもりだった。でも今は6回目のW杯に挑戦してみたいという気持ちも生まれてきた。まだ何も決めていないけどね」

 アルゼンチンに帰ったメッシは仲間たちとパレードに参加した。人の波をかき分けてバスが進む信じられないような光景は、皆さんも見ただろう。そのパレードの前にも、メッシは地元の複数のメディアにこう語っている。

「喜びを感じることができなくなったら、代表をやめようと思っていた。でも、この周りにいる人々を見てみてよ。今は喜びしか感じない」

 W杯後のメッシは、1月3日までパリ・サンジェルマンから休暇をもらった。彼は故郷のロサリオに戻り、その郊外のフネスという緑豊かな街で家族とクリスマスを過ごした。そこにはルイス・スアレスとその家族も合流し、心から楽しい日々を過ごしたようだ。

 このフネスでも、彼は地元のラジオ局などのインタビューを受けている。

 そのなかで、若い頃、スペイン代表から誘われ、2016年には自らの意思で代表から引退しようとしたメッシは、「なぜあなたは今でもアルビセレステ(白と水色)のユニフォームを着ているのか」と尋ねられると、こう答えている。

【影響を受けたロナウジーニョとマラドーナ】

「私はアルゼンチン人であるのを止めたことはないし、止めようと思ったこともない。たとえ早くに国を出たとはいえ、この国の一員であることを誇りに思う。それは若い頃から一度も変わることはない」

 また、彼の人生に大きな影響を与えた人物を聞かれて、メッシはロナウジーニョとディエゴ・マラドーナの名前を挙げている。

「ロナウジーニョにはものすごく助けてもらった。16歳の少年がビッグクラブのロッカールームに混ざるのは並大抵のことじゃない。彼は僕がチームに溶け込むのを助けてくれた。彼には本当になんと感謝していいかわからない。それからマラドーナ。最近、僕と彼を比較したりする人がいるが、100万年かけてもディエゴに近づくことなんてできないよ」

 さらに、息子とのほほえましいエピソードも披露してくれた。

「試合に負けるとすごく腹が立って、誰とも話したくなくなる。しかし息子のティアゴは容赦なく、いったいなぜ勝てなかったのか、その説明を求めてくるんだ」

 最後にこのW杯についてあらためて聞かれ、「自分が何を成し遂げたかは、引退して初めて実感できるんだと思う」と答えている。

 家族との束の間の休暇を楽しんだ後、メッシはパリに帰る。リーグアンはすでに12月28日から再開しているが、メッシは1月11日のアンジェ戦から出ることになるようだ。チームに合流したら、キリアン・エムバペやネイマールと話がしたいそうだが、何を話したいかは「秘密」だという。

 最後にESPNアルゼンチンにメッシが語った言葉を紹介しよう。

「君はアルゼンチンにタイトルをもたらした。君は伝説だ」と司会者に言われると、彼はこう答えた。

「人生で大事なのは、一人ひとりが自分のできることをすること。僕の場合はそれがサッカーだった。自分のできることがアルゼンチンの人たち、世界の人たちに少しでも幸せをもたらせたなら嬉しいことだ。このタイトルは僕だけのものじゃない。サッカーを愛するすべての人たちのものだよ」