2024年パリオリンピックへ向けて、「日本のお家芸」レスリングは代表争いが本格的にスタートした。 12月22日〜25日に東京・駒沢体育館で行なわれた天皇杯全日本選手権、そして2023年6月の明治杯全日本選抜選手権の両大会に優勝(優勝者が異…

 2024年パリオリンピックへ向けて、「日本のお家芸」レスリングは代表争いが本格的にスタートした。

 12月22日〜25日に東京・駒沢体育館で行なわれた天皇杯全日本選手権、そして2023年6月の明治杯全日本選抜選手権の両大会に優勝(優勝者が異なる場合はプレーオフ)すれば、9月にセルビアで開催される世界選手権に出場できる。そして、その大会でメダルを獲得すれば、晴れてオリンピック代表内定となる。

 パリへの足がかりとなる全日本選手権は代表選考に欠かせない重要な大会だけに、東京五輪メダリストを筆頭に実力者が顔を揃えた。そのなかでも突出した選手を挙げるならば、女子53キロ級で出場した19歳・日体大1年生の藤波朱理だ。



19歳の藤波朱理は連勝記録をどこまで伸ばすか

 中学2年生から、すべての大会で負けなし。2021年の世界選手権は初出場で初優勝。今年の世界選手権は大会直前に左足の甲を負傷して欠場したものの、19歳にしてすでに全日本選手権2連覇を遂げている。

 藤波は9月の世界選手権に続き、10月のU23世界選手権も左ひざを痛めて出場を見送った。タックルの踏み込みや攻撃を受けた時のふんばりで、ケガのトラウマは出ないだろうか......。ひざの回復具合が心配されたが、藤波は周囲の不安を吹き飛ばすほど躍動する姿を見せた。

 初戦でインターハイ王者・原田渚(兵庫・芦屋学園)を1分26秒テクニカルフォールで倒すと、準決勝も同じ日体大の大野真子にわずか28秒でテクニカルフォール勝ち。

 決勝戦の相手は、今年のU23世界選手権優勝の奥野春菜(自衛隊)。準決勝では東京オリンピック53キロ級金メダリストで今年の世界選手権55キロ級チャンピオンの志土地真優(旧姓・向田/ジェイテクト)を3-1で破って勝ち上がってきた。2017年と2018年の世界選手権を制している実力者だけに「パリこそは自分が!」との思いは強い。

 頂上決戦は、両者左構えの相四つ。お互い様子を観ながらの第1ピリオド、序盤あまり動きはないと思われた開始45秒、藤波がハイクラッチのタックルからバックに回って2点を奪取。先取点を奪ったことで藤波は俄然有利となり、その後はむやみに仕掛けず慎重な試合運びに徹する。

「1回もミスしないヤツが勝つ」。これぞレスリングの鉄則だ。

【藤波朱理の強さとは何か?】

 試合の流れを完全に制した藤波は、奥野の心理状態を読みきり、時間の経過だけを意識した。藤波に負ける要素はまったく見られなかった。

 第2ピリオド残り30秒、攻めるしかない奥野が飛び込んでくると、藤波は冷静にカウンターで片足をつかみ、バックに回って2点獲得。ダメ押しのポイントを奪って勝負を決した。

 試合終了のホイッスルが響くと 藤波は1発、力強く両手を叩くと、小さくガッツポーズ。そして満面の笑顔を見せた。

「マットに上がれば、連勝記録なんて関係ない」

 藤波は常々そう語ってきたが、積み上げた連勝記録は「106」。連続大会優勝も「27」。女子レスリングのレジェンド伊調馨や吉田沙保里に迫る勢いだ。堂々の全日本選手権3連覇である。

 藤波朱理の強さとは何か──?

 まず一番に挙げられるのは、手足の長さだろう。レスリング選手にとって最も基本的な、そして最大の武器である。

 対峙した時、相手は入って来ることができない間合いからも、藤波はタックルに入ることができる。藤波最大の武器である片足タックルは、その手足の長さを活かして炸裂させる。

 次に挙げたい要素は、抜群の運動能力に裏打ちされた瞬発力だ。攻撃はもちろん、防御においても藤波の反応のよさは飛び抜けている。

 今大会の決勝戦でも、藤波は奥野のタックルをバックステップで何度も、何度も軽々と封じている。元世界チャンピオンの奥野に足さえも触らせず、ことごとく攻撃の一手を潰していた。

 そして3つ目は、いわゆる「レスリング勘」。レスリングのセンスや頭のよさと言ってもいいだろうか。

 藤波の父・藤波俊一は現在、日体大で田南部力コーチや伊調馨とともに女子を指導している。父のもとで4歳からレスリングを始めた藤波は、常にトップレベルの環境で鍛えられてきた。

 藤波は片足タックルを最大の武器にカウンターで勝負するタイプだが、同時に相手の戦い方も緻密に分析し、頭脳的に戦っている。試合中は常に冷静に、点差、残り時間を意識し、やみくもに相手の懐に入ってチャンスを与えることは決してない。

 奥野との決勝戦の結果は5-0だったが、点差以上に実力差があった。奥野は6分間、何もできずに完敗したと感じたことだろう。まさに「藤波劇場」を見せつけた試合だった。

【須﨑優衣は無失点で完全優勝】

 昨年の東京オリンピックでは6階級中4階級で金メダルを獲得し、日本は「女子レスリング王国」の強さを世界に轟かせた。

 だが、メダルに手が届かなかった重量級の68キロ級・土性沙羅、76キロ級の皆川博恵は事実上の引退。さらに今大会出場した東京オリンピック金メダリストの53キロ級・志土地真優、62キロ級・川井友香子(サントリービバレッジソリューション)は準決勝であっけなく敗れ去った。リオと東京で五輪2連覇の金城梨紗子(旧姓・川井/サントリービバレッジソリューション)は結婚・出産を経て復帰したものの、非オリンピック階級の59キロ級で"試運転中"だ。

 そんななか、東京オリンピック金メダリストの50キロ級・須﨑優衣(キッツ)は孤軍奮闘。オリンピック後も全試合負けなしで、今年の世界選手権とU23世界選手権でも全試合失点ゼロのフォール、テクニカルフォールで優勝。今大会も危なげなく全試合無失点で優勝を遂げている。

 現在23歳の須﨑は、カデット(2014年〜2016年優勝/現U17)、ジュニア(2018年〜2019年優勝/現U20)、シニア(2017年・2018年・2022年優勝)、東京オリンピック(2021年)、U23(2022年)と4世代の世界選手権+オリンピックを制し、世界で初めて"グランドスラム"を達成した。

 23歳の絶対女王・須﨑優衣を、19歳の新鋭・藤波朱理が追いかける──。2年後のパリオリンピックへ向けて、このふたりが日本女子レスリングをリードしていくことは間違いない。