12月24日、全日本選手権女子フリーの三原舞依【「集中力の鬼」現わる】 三原舞依はまっすぐで可憐で、優しさに満ちた選手と言える。しかしこの日の彼女は、その表現ではとても収まらなかった。一途で懸命だが、悲壮感はいっさいない。衝撃にも折れず、弾…


12月24日、全日本選手権女子フリーの三原舞依

【「集中力の鬼」現わる】

 三原舞依はまっすぐで可憐で、優しさに満ちた選手と言える。しかしこの日の彼女は、その表現ではとても収まらなかった。一途で懸命だが、悲壮感はいっさいない。衝撃にも折れず、弾き飛ばすような精強さが横溢(おういつ)していた。

「集中力の鬼。一回ゾーンに入ったら、抜け出すのも時間がかかる」

 三原の盟友である世界女王、坂本花織がそう感嘆する。したたかさというレベルではない。鍛えられた刀のようだ。

 全日本選手権で見えた三原の真の姿とは?

 12月21日、大阪。三原は公式練習から、ジャンプは好調とは言えなかった。誰が見ても体の動きが鈍い。重なった疲労は周囲の想像以上だっただろう。

 グランプリ(GP)シリーズは第4戦イギリス大会、第6戦フィンランド大会と後半に海外を転戦し、見事に2連勝した。すでに疲れがたまったなかでも、GPファイナルでは初優勝を成し遂げている。開催地のイタリア・トリノから帰国して1週間、コンディションが万全のはずはなかった。

「なんとかします!」

 三原は調子が戻っていないことを問われて、そう返していた。

「なんとかしたらよくなるので。マイナスなことは考えず。練習でもっときつい日もあったので、それと比べたらって」

 彼女は人並外れた強靭な精神力で自らを動かしていた。本人も知らないうちに、全力を使い果たしてしまう。激戦のGPファイナル後は、なぜか声が出なくなった。全日本では声が出ていたが、どれほど不安だったか。それでも彼女は、リンクに立つと渾身で滑ることができた。

「どんな状況であってもできるのが、トップアスリートで。こういう時こそ、自分の底力を。マックスの演技を見せられるように」

 見かけによらない、三原の芯の太さだ。

【全部の関節を広げて、思いを込めて】

 12月22日、彼女はショートプログラム(SP)に十数年間のスケート人生をかけた『戦場のメリークリスマス』で挑んでいる。

 しっとりとしたピアノ音楽のなか、生きる強さがにじみ出る。まさに三原の人生が投影されていた。病気で1シーズンを棒に振り、自身の体調と相談しながら復活し、四大陸女王になった。そして今シーズン、GPファイナル女王にまでなった姿はどれだけの人を勇気づけたか。

 冒頭のダブルアクセルをきれいに降りると、やや苦戦していた3回転フリップも難なく成功。3回転ルッツ+3回転トーループはセカンドが4分の1回転不足をとられたが、高得点を出した。スピン、ステップとオールレベル4。74.70点で、1位の坂本に僅差の2位と絶好のスタートを切った。

「最後のステップからバレエジャンプのところまで、大きく見えるように。全部の関節を広げて、全身を動かして。1年分の思いを込めました」

 終盤、三原は観客の拍手を一身に浴びた。その演技は、自分を信じてくれた人たちへの愛情表現だった。

「氷に乗って、バナー(横断幕)を見ると疲れも吹き飛ぶというか。幸せな気持ちにしてもらえます。『応援しています』『元気をもらえます』と言われるのが、どれだけうれしいか。その方々に少しでも届くような演技をしたいな、と思っていました」

 感謝でそこまで強くなれる人間がいるのだ。

【この瞬間を自分は待っていたんだ】

 12月24日、フリースケーティングは『恋は魔術師』で大人の女性を演じている。

「足が重たくて。歩いていても、何もないところでつまずきそうになるほどで。これは、やばいなって」

 三原はそう茶化したが、力を振りしぼれる動機はあった。

「今日は、一番上の座席までお客さまが入ってくれていて。自分の名前がコールされた時、今まで見たことがない数のバナーが振られていました。その時、この瞬間を自分は待っていたんだって思って。絶対にいい演技をしたいって思いました」

 すべての力を出しきれる。彼女の才能だろう。それは苦しくなった時、より一層強く稼働した。

「(セカンドに3回転トーループをつける予定だった)1本目のルッツが単発になってしまって。そこで火がついたというか。後半が勝負だと思って」

 三原はそう振り返るが、エレメンツに一つひとつ集中しながら、後半に真価を見せる。2本目のルッツのセカンドに予定を変更し、3回転トーループを持ってきた一方、最後のループに2回転トーループ、2回転ループをつけた。機転も利かせ、満点のリカバリーだった。

 フリーは145.23点で2位。スピン、ステップはまたもすべてレベル4だった。その精度は、たゆまぬ練習の賜物だろう。合計219.93点は2位で逆転優勝こそならなかったが、GPファイナルの時よりも質は上がっていた。

「GPファイナルでは、最後のループをミスしてしまったのが悔しくて。同じクラブで練習している友達に『今回は絶対に跳ぶから!』って言っていました。だから跳べてよかったです。(北京五輪出場を逃した)昨季ほどのどん底はもうないと思うから、自分のなかでいいほうに考えて、細かいところまで意識して滑ることができました」

 三原は氷の上で大きく、頼もしく映った。それは魔術だったのか。そう錯覚させるほどだった。

「自分が前に進むことができたのは、たくさんの人のおかげなので、その感謝を少しでも伝えられたらって」

 彼女は身を削るように滑り、ファンに元気を与え、その感謝を受け止め、力をもらって再び演技で恩を返す。その繰り返しで、力を身につけてきた。幸せな構図だ。

「6年前(全日本選手権3位)は、あまり覚えていなくて。今回、全日本のメダルを首にかけてもらって、ずっしり重くて。わっという感じでした」

 それは彼女だけの感触だ。