全日本選手権アイスダンス・フリーダンスの村元哉中・髙橋大輔【痛恨のミスにも明るいふたり】 約4分間、最後の最後だった。終盤は体力的に厳しい。コレオグラフィックダンスリフトは危うさが漂っていたが、持ちこたえられそうにも見えた。しかし、髙橋大輔…



全日本選手権アイスダンス・フリーダンスの村元哉中・髙橋大輔

【痛恨のミスにも明るいふたり】

 約4分間、最後の最後だった。終盤は体力的に厳しい。コレオグラフィックダンスリフトは危うさが漂っていたが、持ちこたえられそうにも見えた。しかし、髙橋大輔が崩れ落ちると、村元哉中も続けて氷上に倒れた。

「最後のリフトもすごく練習してきたんだよね!?」

 ミックスゾーン、村元は髙橋を励ますように言った。

「最後はほとんど僕のミス。やってしまったなって」

 髙橋は悔しそうに手のひらで顔を隠し、村元が優しげにその様子を見つめた。

 ふたりとも転倒したことで、2点減点だった。痛恨の失敗と言える。暗くなってもおかしくない。

 しかし、ふたりが醸し出す空気は朗らかで明るかった。それは、結果的に優勝できたからだけではないだろう。ふたりの人間性の問題だ。

 その明朗で純粋なパーソナリティーが、「かなだい」と呼ばれるふたりの原動力になっているのだ。

【4分間の狂おしい激情】

 12月24日、大阪。全日本選手権、アイスダンスのフリーダンス(FD)第2グループ、最終滑走のかなだいは、5分間練習に備えてリンクサイドで待機していた。ふたりはすでに『オペラ座の怪人』の役柄に入り込んでいる様子だった。

 怪人・ファントムの倒錯した恋慕、それに翻弄されるオペラ歌手・クリスティーヌ。ふたりは息遣いまで聞こえるほど近い間柄になる。しかし、決して交わることのない運命だ。

 その狂おしい激情を、4分間で表現する必要があった。役作りというのか。かなだいは、その演出の点でも徹底していた。

 スタートポジション、髙橋は黒い衣装で右目を手で覆い、漏れ出る心の闇を表した。一方、村元は純潔を思わせる白い衣装で、怪人の愛に戸惑いながら感情を揺らす。

 ふたりの思いがつかの間、ひとつになった。冒頭のストレートラインリフト+ローテーショナルリフトから白眉(はくび)で、ツイズル、ステーショナリーリフト、ダンススピンとすべてのエレメンツでレベル4を獲得し、高得点をたたき出した。

「一つひとつのエレメンツを集中してできました」

 髙橋は言う。ワンフットターンでは乱れが出たが、分析もできていた。

「今年はワンフットでレベルをとれていなかったので、集中して練習してきました。悪くはなかったけど、求められる基準には十分ではないのは体で感じていて。少しスピードがなくて、エッジが甘く、ディープに入りきらなかったのが、点数に表れたなと思っています」

 一方で、ダイアゴナルステップは確実にレベルアップしていた。

「最後のステップも、NHK杯が終わってからよくなって。後半なので、スピードが出るように全体的に変えました。疲れてはいましたけど、一つひとつを落ち着いてできたかなって」

 村元の証言だ。

 プログラムの世界観が、余すところなく表現されていた。切ない運命へ向かうもどかしさというのか。"Open up your mind(心を開け)"という歌詞と滑りが符合していた。

 それだけに、ふたりは仕上げを悔しがった。

「(リフトは)タイミンングのところで」

 髙橋は口惜しげに言って、場面を再生するように振り返っている。

「僕が早く(起き)上がってしまい、(村元)哉中ちゃんがまだ上がりきっていなくて。そこから持ち上げないといけなかったんですが、上げきれずに。踏ん張ったんですが、そのまま前にバランスを崩してしまって。体力的なところで、もう少しあれば力でいけたかもしれないし、タイミングと両方ですかね」

【演技後に見せたぬくもり】

 しかしながら失敗の風景にこそ、かなだいの真価は見えた。

 演技直後、怪人役から素に戻った髙橋は、人懐っこい表情で悔しがった。その姿に村元が、「よかったよ」と自分の胸をポンポンとたたいた。

 微笑ましいふたりの様子に、満員の観客が「大ちゃん、哉中ちゃんらしい」と共感するように笑みを漏らし、万雷の拍手を送った。のどかな熱気は「ぬくもりのある風景」を形づくっていた。

 FDでかなだいは、108.91点で堂々の1位。リズムダンス(RD)で首位に立っていただけに、トータル186.61点で全日本初優勝を成し遂げた。

「クリス(・リード)との優勝(※2015〜2017年3連覇)も素敵な思い出ですが」

 村元はそう前置きし、今回の初優勝を形容している。

「久しぶりの優勝というよりも、初めての優勝のようにフレッシュで。ゼロからのスタートだったし、その意味ではパートナーがいないと戻れないので、(髙橋)大ちゃんに感謝ですね。特別な日になりました」

 シングルで男子フィギュアスケートのパイオニアになった髙橋は、今も特別な日をつくり続ける。4年ぶりに復活し、アイスダンスに転向して3年目。36歳で再び全日本で頂点に立った。これはスポーツ界全体での快挙だ。

「最高のクリスマスイブ? 結果的には最高なんですけど、最後の失敗にとらわれているので。今日はやけ酒しようかなって(笑)。たぶん、今日は寝れないんで、うれしいけど悔しい。でも最後のリフトだけでなく、レベルをとれていないところとか課題はいっぱいあって。いつか完成形を見せたいなって思っています」

 最後の失敗さえも、次の物語の序章になった。それが、かなだいの魅力だろう。2023年3月、世界選手権への出場は確定的だ。