"モンスター"の強さはやはり圧巻だった。 12月13日、有明アリーナで行なわれたWBO世界バンタム級王者ポール・バトラー(英国)との同級4団体統一戦で、WBAスーパー、WBC、IBF同級王者・井上尚弥(大橋)は見事な11…

"モンスター"の強さはやはり圧巻だった。

 12月13日、有明アリーナで行なわれたWBO世界バンタム級王者ポール・バトラー(英国)との同級4団体統一戦で、WBAスーパー、WBC、IBF同級王者・井上尚弥(大橋)は見事な11回KO勝ちを飾った。完全に"サバイバルモード"だったバトラーを倒し切り、日本史上初、バンタム級史上でも初めての"Undisputed Champion(4団体統一王者)"となった井上の今後が、さらに楽しみになったファンも多いだろう。

「バンタム級での最後の一戦」と銘打って迎えたバトラー戦を終え、井上はあらためてスーパーバンタム級への昇級を明言している。パウンド・フォー・パウンドでも最高級と評価されるようになった日本の英雄を、122パウンド(約55.3キロ)がリミットのクラスではどんな強豪が待ち受けているのか。

 米ボクシング専門誌『リングマガジン』の同級ランキングに名を連ねているトップ10人を見ながら、井上との対戦の可能性を探っていきたい。



スーパーバンタム級のトップ選手である(左から)アフマダリエフ、フルトン、ネリ

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【10位】井上拓真(大橋/26歳/17勝1敗・4KO)

元WBC世界バンタム級暫定王者

 12月13日、兄・尚弥のアンダーカードで行なったノンタイトル戦で8回TKO勝ちを収めた井上拓真は、保持するWBOアジアパシフィック・スーパーバンタム級王座の返上を表明した。今後はバンタム級に戻り、兄の"後釜王座"を狙うという。過去数戦はスーパーバンタム級で闘ってきたが、まもなく同階級のランキングから名前が消えるはずだ。

【9位】マイク・プラニア(フィリピン/25歳/26勝2敗・13KO)

 ワイルドな闘いぶりが魅力のフィリピンのハードパンチャー。2020年6月、当時のバンタム級WBOランキング1位ジョシュア・グリーア Jr.(アメリカ)から2度のダウンを奪い、判定勝ちを収めた。ただ、今年9月のライース・アリーム(アメリカ)戦では、相手のアウトボクシングにつけ入る隙を見出せず、大差の判定敗け。技術的な課題を露呈した印象がある。

【8位】ゾラニ・テテ(南アフリカ/34歳/30勝4敗・23KO)

元2階級制覇王者

 11秒という世界最速KO記録を持つサウスポーの元王者。しかし、今年11月の下旬に「禁止薬物で陽性反応が出た」と報道された。依然としてWBO3位、IBF6位と好位置につけているものの、すでに母国コミッションからはライセンス停止処分を受けている。今後、本拠地とする英国でも出場停止処分を課されれば、年齢的にキャリアの致命傷となりかねない。

【7位】ロニー・リオス(アメリカ/32歳/33勝4敗・16KO)

 世界王座には手が届かないものの、激闘型のスタイルで、少し格下の相手には強さを発揮するベテラン。今年6月の前戦ではムロジョン・"MJ"・アフマダリエフ(ウズベキスタン)に挑戦して奮闘するも、最終12 回でTKO負けを喫した。過去には、レイ・バルガス(メキシコ)、アザト・ホバニシャン(アルメニア)に完敗しており、伸びしろは感じられない。それでも米西海岸では人気のメキシコ系アメリカ人選手のため、また何らかのチャンスは巡ってきそうだ。

【6位】ルイス・ネリ(メキシコ/28歳/33勝1敗・25KO)

元WBC世界バンタム級王者、元WBC世界スーパーバンタム級王者

 バンタム級時代に日本のリングで体重超過、薬物違反などのトラブルを起こし、"問題児"として名前を広く知られた。昨年5月にスーパーバンタム級で初黒星を喫したが、再起後に2連勝。WBC1位、IBF3位、WBO2位と高位にランキングされ、近いうちに世界戦のチャンスがありそう。それは、井上と絡んでくる可能性が高まるということでもある。

 WBCから指令を受けたネリvsホバニシャンのエリミネーター(1位の座を争う次期挑戦者決定戦)は、2023年1月に予定されていたライアン・ガルシア(アメリカ)vsメルシト・ヘスタ(フィリピン)戦のアンダーに組み込まれるはずだったが、ガルシアが試合を回避することを表明したため、どうなるかは未定だ。

 ともあれ、ネリがホバニシャン、もうひとつのエリミネーターであるアリームvsアラン・ピカソ(メキシコ)戦の勝者に連続で勝てば、WBC王者スティーブン・フルトン(アメリカ)がフェザー級に昇級した場合に後釜王者に就くことになりそう。また、アリームvsピカソがWBCの思惑通りに挙行されなかった場合は、シードのような形で井上とネリが空位のWBC王座を争うという構図も見えてくる。

「ネリにはチャンスを与えてほしくない」と考えている日本のファンは多いかもしれないが、悪童絡みのカードには禁断の魅力があるのも事実。因縁ファイトが実現すれば、世界的な話題を呼ぶことだろう。まずはホバニシャン戦がどんな結果になるか、大きな注目が集まる。

【5位】マーロン・タパレス(フィリピン/30歳/36勝3敗・19KO) 

元WBO世界バンタム級王者

 バンタム級時代から多くの日本人選手と対戦し、日本のファンにもおなじみになった強打のサウスポー。2019年12月、岩佐亮佑(セレス)とのIBFスーパーバンタム級暫定王者決定戦で11回TKO負けを喫するも、2021年12月にはIBFエリミネーターで勅使河原弘晶(三迫)に2回KOで圧勝。ランキング1位にのし上がった。

 IBFのタイトルを持つ2団体王者のアフマダリエフは4団体統一を目標にしているため、IBFの指名戦は実現するだろう。その試合では苦戦が予想されるが、大番狂わせを起こした場合、タパレスは一気に井上のターゲットに浮上する。
 
【4位】アザト・ホバニシャン(アルメニア/34歳/21勝3敗・17KO)

 2018年5月、バルガスの持つWBC同級王座に挑んで判定負けするも、以降は7連勝中(6KO)のタフガイ。パワフルな左右のフックを振り回し、"クレイジーA"と呼ばれるほどの好戦的なスタイルには魅力がある。井上のロサンゼルス修行の際、スパーリングパートナーも務めたことで日本のファンにも名を知られるようになった。

 前述通り、すでにWBCからはネリvsホバニシャン、アリームvsピカソという2カードのエリミネーター指令が出ている。ネリに比べると知名度は劣るものの、スーパーバンタム級でなら馬力に勝るだろうホバニシャンにも十分勝機がある。ここで勝てば名前も売れ、近い未来にWBCタイトルを巡って井上と絡むことも考えられる。

 フィジカルの強さゆえ、井上と対戦すれば激戦になるだろう。ホバニシャンはいわば、スーパーバンタム級戦線のダークホース的な存在といっていい。

【3位】ライース・アリーム(アメリカ/32歳/20戦全勝・12KO)

元WBA世界スーパーバンタム級暫定王者

 スピード、スキルに恵まれた黒人ボクサー。元暫定タイトルホルダーながら、"試されざる選手"という印象が強かったものの、今年9月、プラニアとの世界ランカー対決を一方的に制して評価を上げた。

 昇級後の井上はスーパーバンタム級のWBO1位にランキングされる可能性があり、同団体のタイトルを持つフルトンが階級を上げた場合、現在WBO1位のアリームと井上に決定戦の指令が出るかもしれない。プロモーターの違い、アリームの知名度の低さもあって、実際に井上vsアリームが実現するかはかなり微妙なところ。それでも今後、アリームの名前が取り沙汰される機会が増えそうな予感はある。

【2位】ムロジョン・"MJ"・アフマダリエフ(ウズベキスタン/28歳/11戦全勝・8KO)

WBAスーパー、IBF世界スーパーバンタム級王者

 同階級の統一王者としてはフルトンのほうが注目度は高いが、現実的な意味で井上の標的になりそうなのはアフマダリエフだ。

 ウズベキスタンの元トップアマで、ダイナミックな実力派。米国内にファンベースを持たず、所属するマッチルーム/DAZNはフルトンが所属するプレミア・ボクシング・チャンピオンズ(PBC)よりもグローバルな方向性なだけに、日本での井上戦挙行も問題ないはずである。

 アフマダリエフは今年6月のロニー・リオス(アメリカ)とのWBA指名戦で右拳を骨折し、しばらく休養していた。復帰後はIBFからタパレスの指名戦を義務づけられており、現地時間12月20日に興行権入札が予定されている。現状では来春までにタパレスとの指名戦をこなし、来年半ば頃に井上の挑戦を受ける、という流れが最も可能性が高そうだ。

 フルトンほど大きな注目を浴びることはないにしても、強打のサウスポーであるアフマダリエフと井上の対戦は好ファイトが予想できる。井上が苦戦しても不思議はないが、一方で、スーパーフライ級への昇級時に井上がオマール・ナルバエス(アルゼンチン)を2ラウンドで斬って落としたような、鮮烈な戴冠劇の再現も期待したくなる。

【1位】スティーブン・フルトン(アメリカ/28歳/21戦全勝・8KO)

WBC、WBO世界スーパーバンタム級王者

 スーパーバンタム級で最高の評価を受ける黒人王者は、スピード、スキル、スタミナなど、パワー以外のほぼすべてを備えた万能派だ。今年6月、日本でもおなじみのダニエル・ローマン(アメリカ)に完勝した頃から評価が高まり、一部の関係者は井上vsフルトン戦を「軽量級のドリームファイトだ」と呼んで憚らない。

 同一体重と仮定した場合の戦力は、井上に大きく分があるだろう。それでもフルトンが井上の"最大の難敵"と目されている理由は、もともとの体格差にある。

 ライトフライ級でスタートした井上と、スーパーバンタム級でプロデビューし、さらに上の階級に上がっていこうとするフルトンでは骨格、体の厚みに大きな違いがある。ひと回り大きなフルトンが井上のパワーに耐え、後半勝負になった場合、試合はもつれる可能性が出てくる。

 しかし現状、井上vsフルトンの早期の挙行は難しそうだ。フルトンは次戦、1階級上げてブランドン・フィゲロア(アメリカ)とのリマッチ(第1戦は2021年11月、フルトンが僅差の判定勝ち)を、WBC世界フェザー級暫定王者決定戦として行なう予定になっている。

 その一時的な昇級の後でも、「フルトンは井上戦を望んでいる」という情報もあるが、フィゲロア戦を機に主戦場をフェザー級に移した場合、井上戦は"お蔵入り"となる。また、スーパーバンタム級に残ったとしても、所属するPBCのアル・ヘイモン氏が、アメリカではトップランク傘下となる井上との試合を認めるかに疑問が残る。

 ただ、厳しい要素を考慮した上でも、このカードには諦めきれない魅力がある。井上が過去に対戦経験のない黒人選手でもあるフルトンを、明白な形で下せばさらなる評価アップは確実。スーパーバンタム級には他に同様のステータスを持つ選手が乏しいだけに、何とか"ウルトラC"で試合の実現を模索してほしい。

【※ランク外】ジョンリエル・カシメロ(フィリピン/33歳/31勝4敗・21KO、1無効試合)

世界3階級制覇王者

 バンタム級時代、井上との統一戦が実現寸前までいった"もうひとりの問題児"。今春、度重なる試合キャンセルでWBO世界バンタム級王座を剥奪され、無冠になるとともに商品価値を失った。

 ただ、今年12月3日に韓国の仁川で行なわれた赤穂亮(横浜光)戦は、2回無効試合に終わったものの、久々に迫力あるボクシングでアピールした印象もあった。3階級で活躍してきたパワーは、スーパーバンタム級でも通用しそうだ。

 現状、井上をはじめとするトップファイターの視界には入っていないだろう。興行面でもリスクが高く、起用しづらい選手であることに変わりはない。とはいえ、ネームバリューはあるだけに、強豪相手に1、2戦を勝ち抜けば面白い存在になり得る。リングに立ちさえすれば5年以上無敗のカシメロを、完全に見限るべきではないのかもしれない。