4本のベルトを獲得した井上尚弥は「比類なき王者」となった。 12月13日、東京の有明アリーナで行なわれたボクシングの世界バンタム級4団体統一戦。WBA&WBC&IBFの3団体統一王者・井上尚弥(29歳/大橋)は、WBO同級王者、ポール・バ…

 4本のベルトを獲得した井上尚弥は「比類なき王者」となった。

 12月13日、東京の有明アリーナで行なわれたボクシングの世界バンタム級4団体統一戦。WBA&WBC&IBFの3団体統一王者・井上尚弥(29歳/大橋)は、WBO同級王者、ポール・バトラー(34歳/英国)を11ラウンド KOで下し、4団体統一を果たした。



8ラウンド、後ろに手を回す井上(右)。内山氏はそれでもバトラーが手を出せなかった理由も分析した

 井上は終始バトラーを圧倒しながらも、徹底して守る相手になかなかダウンは奪えず。試合は残り2ラウンドとなり、判定決着ムードが漂う中で迎えた11ラウンド、「必ずKOで勝つと準備してきた」という井上はギアを上げ、一気に前に出た。強烈な右のボディーから顔面に左右のフック、左のボディーへと連打を叩き込むと、バトラーは仰向けにダウン。見事KO勝利を掴み取った。

 史上9人目、アジア初、バンタム級初の4団体王座統一を達成。しかも、4団体の王者をすべてKOして統一するのは世界初の快挙である。自ら「バンタム級最終章」と位置づけていた試合を記録づくめの勝利で飾り、ボクシングの4団体統一王者が呼ばれる「比類なき王者(Undisputed Champion)」となった"モンスター"は、試合後の勝利者インタビューで1階級上のスーパーバンタム級への転向に意欲を示した。

 この試合を現地で観戦した、元WBA世界スーパーフェザー級スーパー王者の内山高志氏に、バンタム級で戦った約4年7カ月での進化、今後の展望について聞いた。

【バンタム級で進化したパワー】

 試合後に井上は、バンタム級で戦った時間について「この4年間、すごく遠回りしたような気もするけど、しっかりと仕上げて4団体統一という目標に向かって突き進むことができた」と語った。2018年3月、7度防衛したWBOスーパーフライ級王座を返上し、バンタム級に転向。2カ月後にバンタム級デビュー戦でジェイミー・マクドネル(英国)に勝利し、WBAのベルトを手に入れた。

 その後、同級最強を証明すべく、複数の王者や上位ランカーが集うワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)に参戦する。2019年5月の準決勝で、IBFの無敗王者だったエマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)を破って2本目のベルトを獲得。同年11月の決勝戦は、5階級制覇王者のノニト・ドネアを激闘の末に下して優勝。2022年6月7日には、ドネアとの再戦を2ラウンドTKO勝利で飾り、WBCのベルトも巻いた。そして最後に、WBOのベルトを獲得して凱歌を上げた。

 バンタム級で戦い始めてからの井上の進化について、内山氏は「もっとも顕著なのはパワー」と語る。

「最初に世界王者となったライトフライ級(-48.9キロ)の頃は、減量苦からか本来の力が出し切れなかった印象がありました。そこから、スーパーフライ級(-52.1キロ)、バンタム級(-53.5キロ)と階級を上げるにつれて、パフォーマンス、特にパワーが上がったと思います。

 井上選手は普段は体が大きく、体重は60キロ台前半。そこから10キロくらい減量をして、最後は水分を抜くことになります。試合前に極限まで削り落とす井上選手は、1.4キロ増量することで本来の力に近づいたのではないでしょうか」

 バトラーとの一戦を終え、井上のプロ戦績は24戦全勝。そのうち21戦がKO勝ちという驚異的なKO率を誇る。内山氏は「シンプルに格闘家として強い。ボクシングの技術もメンタルも超一流です。相手が誰であろうと慢心や過信をせず、万全な状態でリングに上がる。試合前に必ずささやかれる『勝負は何があるかわからない』『こういう時こそ危ない』といった不安の声を、すべて杞憂へと変えてきました」と、ボクシングに向き合う姿勢を評価。また、技術面についてこう続けた。

「スピードがずば抜けていて、ステップインであっという間に相手の懐に入れますし、バックステップすれば相手の距離から一瞬で外れられる。ハンドスピードも速く正確です。パンチはジャブ、ボディー、ストレート、フック、すべてのパンチが決定打になる破壊力がある。左ジャブひとつをとっても、強弱、角度、種類も非常に多彩ですね。相手はすべてのパンチを警戒しなければならないですから、相当に厳しいですよ」

 その圧倒的な攻撃力については、バトラーも試合後に「パンチが速すぎて対応しきれなかった」「パンチ力が強い」と脱帽した。

【ディフェンスも一級品「位置取り・距離が完璧」】

 試合前にバトラー陣営は、井上の弱点としてディフェンスを挙げていた。しかし、いざ試合になると、井上はスウェー(上体を後ろに反らせて避ける技術)やスリッピング・アウェー(パンチが伸びる方向に顔を背けてパンチを避けたり、衝撃を小さくしたりする技術)で、バトラーのパンチをことごとくかわした。内山氏は、「井上選手のディフェンス能力は、弱点どころかストロングポイント」だと指摘する。

「ディフェンスがいいということは、ポジショニングが完璧だということ。井上選手は相手がパンチを打てない場所、打っても強打にならない場所にいる。そして自分が打った後には、必ず頭を動かして的を絞らせない。そうした基本的な動きを試合中もきっちりやっています」

 バトラー戦の中盤、井上は両腕をだらりと下げてノーガードの体勢を取ったり、ロイ・ジョーンズ・ジュニア(ミドル級からヘビー級の4階級を制覇した名王者)を彷彿とさせるスタイルで、両手を後ろに組んで顔を突き出したりしてみせた。しかし内山氏は、「ノーガードでも、バトラーが打ちに行けば、その刹那カウンターを合わせるスピードがあります。それがわかっているから、バトラーもうかつに手を出せなかったんでしょう」と、井上の攻撃力は防御にもつながっていると語った。

 また、距離感については「6ラウンドにノーガードの井上選手が、バトラーが前に出て打とうか、という瞬間に少し下がる行動を繰り返して、結果的に一発もパンチを出させなかったシーンがありました。あれも、相手の攻撃が届く距離を絶妙なタイミングで外しています。相手の攻撃が届く距離も、自分の攻撃が活きる距離もわかっている井上選手だからこそできることです」と称賛した。

【スーパーフェザー級、その上も行ける】

 試合後だけでなく、翌日の会見でもスーパーバンタム級(-55.3キロ)への転向に言及し、「ト座統一を目指してやっていく方向になると思う」と、2階級での4団体統一を目標に掲げた。現在のバンタム級から1.8キロ重くなるスーパーバンタム級は、当然、相手の体も大きくなる。それでも内山氏は、「今の強さを見たら、まったく問題と思います」と断言する。

「むしろ、バンタム級でも減量が少しキツそうだったので、もう1階級上げることでパワーがさらに解放され、より強くなった"モンスター"が見られると思います」

 気が早い話だが、さらなる複数階級制覇については、「ナチュラルな体重を考えたら、スーパーフェザー級(-58.97キロ)までいけると思いますよ」と、スーパーバンタム級から2階級上、内山氏自身が主戦場としていた階級での戴冠も十分可能だとつけ加えた。

 進化し続ける"モンスター"の強さは天井知らず。新たな主戦場、スーパーバンタム級でどんな戦いを見せてくれるのか、2023年の井上尚弥も楽しみでならない。

【プロフィール】
内山高志(うちやま・たかし)

1979年11月10日、埼玉県生まれ。高校からボクシングを始め、拓殖大ボクシング部へ進む。同大卒業後は会社勤めをしながらアマチュアボクシングを継続し、全日本選手権3連覇。2005年に25歳でプロデビューすると、2007年にOPBF東洋太平洋スーパーフェザー級王座を、2010年にWBA世界スーパーフェザー級王座を獲得した。その後、防衛を重ねて11連続防衛を果たした。プロ通算27戦24勝(20KO)2敗1分け。KO率の高さから"ノックアウト・ダイナマイト"の異名をとった。2017年7月に現役を引退後は、解説者や指導者、YouTubeでも活躍している。