北京五輪銅メダル獲得、世界選手権優勝で、名実ともに日本のエースになった坂本花織が、優勝候補筆頭として挑んだグランプリ(GP)ファイナルは、天国と地獄を味わう結果となった。それは調子の浮き沈みが激しい今シーズンを象徴するような戦いぶりだった…

 北京五輪銅メダル獲得、世界選手権優勝で、名実ともに日本のエースになった坂本花織が、優勝候補筆頭として挑んだグランプリ(GP)ファイナルは、天国と地獄を味わう結果となった。それは調子の浮き沈みが激しい今シーズンを象徴するような戦いぶりだった。

 坂本の今季初戦は、例年より遅い9月のロンバルディア杯(総合2位)だった。収穫の多かった昨シーズンを終え、夏場のオフシーズンをどう過ごすのか。中野園子コーチからは、これまでどおりスケート中心の生活で、徹底的な練習に取り組んでいくように言われていたが、大学4年生の坂本は勉強とスケートとの両立を目指して「朝から晩まで頑張っています」と宣言していた。

 坂本自身も認めるように、練習不足は否めなかった。練習でノーミス演技ができるまでとことんプログラムを滑り込み、完成度も体力もつけるタイプのスケーターだが、今季は練習からプログラムを通して滑るルーティンも崩れ、ノーミス演技を積み重ねて自信をつけることもできないまま、シーズンに入っていたという。

 GPシリーズ初戦のスケートアメリカでは5度目の出場にして初めて優勝を飾ったが、NHK杯では得点源となるジャンプが不安定で総合2位に終わった。昨季は安定して跳んでいたジャンプに狂いが生じ、勝負強さを支えていたメンタルタフネスも、自信のなさからか明らかに低迷していたと言っていいだろう。

 そんな不安要素を抱えながらの状態で臨んだGPファイナル。「ノーミスの演技ができる」という確信が持てないままだったことは、大会後に発した言葉からみても間違いない。



坂本花織のGPファイナル、フリーの演技

 それでもショートプログラム(SP)では世界女王らしい演技を見せた。冒頭の2回転アクセルは高さもスピードも幅もキレもあるジャンプで、出来栄え点(GOE)1.23点がついた。「エッジ不明瞭」がつきやすい3回転ルッツにも1.69点のGOE加点をマークして、最後のフリップ+トーループの連続3回転ジャンプにも基礎点10.45点に1.89点のGOEがプラスされて12.34点を出した。ノーミス演技にジャッジも反応し、今季シーズンベストの75.86点で首位発進となった。

【今季一番の出来だったSP】

「今日のショートでは3+3回転が決まったのがよかったなというのが第一で、久しぶりにショートがきれいにまとまったのが一番です。今シーズン初めてと言っていいくらいの出来だったので、ひとまずほっとしています。

 ファイナルまでの練習期間で、内容は変わらずですけど、トレーニングの量をちょっとずつ増やしたりとか、どうしても車移動が多くなってしまうので、時間に余裕がある時は歩いたりとか電車を使ったりとか、とにかく体を日常でも意識的に動かすことをして、何とか体の動きを取り戻したのかなという気がします」

 今季のSPは、新しい振付師のロヒーン・ワード氏が手掛け、ジャネット・ジャクソンが歌う曲をメドレーで使った『Rock with U/Feedback』。22歳の坂本自身も「大人っぽく、色っぽく演技したい」という新たな一面を見せる振り付けになっている。すでに報じられているように、スケートアメリカを初制覇した直後、そのジャネットが彼女自身のインタグラムに坂本の演技に対して「カオリ、とっても素敵だったわ! アメリカ大会優勝、おめでとう」とコメントした。

 会心の演技を披露した今回のSP後、そのことについて聞かれた坂本は「まさかジャネット・ジャクソンさん本人に認識してもらえると思っていなくて、もうびっくりしすぎて、一瞬パニックを起こしました(笑)」と笑顔で答えていた。

 今季はプログラム後半の3回転フリップ+3回転トーループの連続ジャンプでミスすることが続いていたが、ファイナルでは「ジャンプ前のスピン2つでいつもは体力が尽きてしまうんですけど、今日はスピンが終わっていた時点で結構、落ち着いていたので『あっ、いけるかも』と思って、そのまま波に乗った感じです」と言う。

「まだまだスピンの取りこぼしがあったので、伸びしろしかないなと感じたし、この(SPの)プログラムは"魅せるプログラム"だと思うので、もっとレベルアップできたらなと思います」

 これでやっと調子も気持ちも上向いてきたかと思われたが、フリーの演技は内容も結果も誰も予想していないものとなった。演技後の坂本は茫然自失。キスアンドクライでは気もそぞろの様子で、隣に座った中野コーチから注意されていたほどだ。

【「気づいたら最後まで終わっていた」】

 そのフリー『Elastic Heart』では、最初のジャンプに行く前から「おやっ」という場面があった。持ち前のスピードに乗ったスケーティングでつまずいたのだ。そこからすぐに立て直して得意の2回転アクセルを跳んだ。GOE加点で1.23点がつくいつものジャンプだったが、その表情は硬いままだった。

 すると2本目の3回転ルッツがステップアウトして着氷が乱れ、5本目の3回転フリップが2回転になるミスに。3連続ジャンプでは2回転トーループを余計に跳んでしまって無得点となり、最後の3回転ループは1回転のパンクになった。2本のスピンでレベル4判定が取れず、3本のジャンプでGOEで減点された。

 その結果、フリーは116.70点となり、何と最下位に沈んだ。合計でも192.56点で総合5位に。これは17年-18年シーズンのGP初陣のロシア杯でマークした194.00点よりも低く、シニアになってからワーストである。

 フリー後の取材エリアでは悔し涙は見せず、不甲斐ない出来に厳しい表情の坂本は淡々とこう話した。

「今日はずっと地に足がついていない状態だなと感じていました。とにかくこの結果は受け入れるしかない。(敗因は)精神的な面と練習の積み重ねの面の両方かなと思っています。フリーは最近、スピンやステップを抜いたりしないと最後までプログラムを滑りきることができないということがあったので、それを練習でやっていると、試合で最後まで続けられないとずっと感じていました。やっぱりそれが課題だなとあらためて思ったし、途中から体の動きが鈍いなとずっと思ってやっていたら、気づいたら最後まで終わっていた感じだった。こういうことは、もうこれっきりにしたいなと思います」

 世界女王としての挑む今季は、人知れぬ重圧を感じながら戦っていることは想像に難くない。周囲の期待も自身の責任感もしっかりと受け止めて、次なる目標に向かっていけるのか。シーズン前半戦のクライマックスとなる全日本選手権は今月21日に開幕する。

「すぐに全日本選手権が迫ってくるので、それに向けて切り替えて前向きにできたらいいなと思っています」

 気持ちを切り替えることさえできれば、大会2連覇の可能性も十分にある。どんな戦いを見せてくれるのか、楽しみにしたい。