東洋大戦で19点をあげた早大のCTB吉村紘  緊張と集中である。ラグビーの全国大学選手権3回戦が12月11日、東京・秩父宮ラグビー場で行なわれ、伝統校の早大が重圧を乗り越え、初出場の東洋大に34-19で逆転勝ちした。ゲームキャプテンのセンタ…



東洋大戦で19点をあげた早大のCTB吉村紘

 

 緊張と集中である。ラグビーの全国大学選手権3回戦が12月11日、東京・秩父宮ラグビー場で行なわれ、伝統校の早大が重圧を乗り越え、初出場の東洋大に34-19で逆転勝ちした。ゲームキャプテンのセンター(CTB)吉村紘は1トライ4ゴール2ペナルティーゴール(PG)で19点を記録し、勝利に貢献した。

「正直、相当、コワかったです」。試合後の記者会見。吉村は開口一番、そう漏らした。負けたら終わりのトーナメント。しかも相手がフィジカルと団結力で勢いに乗る大型フォワード(FW)の東洋大。4年生は安堵の表情で続ける。

「それは東洋大学さんをリスペクトしているからだし、みんなもワセダがここで負けたらいけないというプレッシャーから、1週間、相当緊張感を持ってやってきました」

 言葉どおり、早大は危機感を持っていた。帝京大に続き、1週間前には宿敵明大にも敗れ、関東大学対抗戦Aで3位に沈んだ。しかも、主将の相良昌彦をケガで欠いていた。この日、吉村は相良主将からこう、短く言葉を掛けられた。「任せたぞ」と。

 吉村の述懐。

「昌彦は僕に任せてくれました。僕だけじゃなく、全員、キャプテンが出場しないままシーズンが終わるのはイヤなので、絶対勝って、昌彦が立つ舞台を準備しようと思ったのです」

 だから、試合前、吉村は漢字一文字の決意を記す模造紙に気持ちを込めて、こう書いた。

『勝』

【ファースト10、フィニッシュ10】

 1週間前の早明戦では開始10分間でやられ、明大に主導権を握られた。この日のゲームテーマが『ファースト10、フィニッシュ10』だった。とくに最初の10分間、ラストの10分間に集中する、ということだ。立ち上がりから、早大は誰もがからだを張った。東洋大の211センチ、135キロのロック(LO)、ジュアン・ウ―ストハイゼンや125キロのフランカー(FL)、タニエラ・ヴェアらの突進もしぶといダブルタックルで止め続けた。アカクロのジャージには挑みかかる気概にあふれていた。

 後半、頭から、フッカー(HO)の佐藤健次とロックの前田知暉が交代で入った。スクラム、ラインアウトが安定した。それでも後半3分、モールを押し込まれてトライ(ゴール)を奪われ、7-19とリードを広げられた。

 早大はインゴールで円陣をつくった。吉村はこう、選手に声を掛けたそうだ。「80分の最後のことは考えず、目の前のひとつひとつの勝負にこだわろう」と。ひとつのタックル、ひとつのパス、ひとつのキックチェイス、ワンプレーワンプレーにとにかく集中......。

 その直後、敵陣でのマイボールスクラムだった。CTB吉村は、スクラムハーフ(SH)宮尾昌典とのサインプレーを仕掛けた。うまくいかなかった。でも、相手ノックオンで再度、マイボールのスクラムが組まれた。

 同じサインプレーだった。スクラムからナンバー8村田陣悟がSH宮尾へパス。宮尾が持ち出し、CTB吉村がドンピシャのタイミングでパスをもらった。約30メートル、鋭利するどいランで駆け抜けた。吉村が振り返る。

「ブラインドウイングが出てくると思ってパッと見たら、目の前に誰もいなかったので、走りきろうと思ったんです」

 後半6分、ど真ん中にトライ。吉村がゴールを難なく蹴り込み、5点差に詰め寄った。ゲーム主将がボソッと言った。

「ワセダのカタチでトライがとれた。あれで、一段ギアが上がりました」

 キッキングゲームとなったが、キック処理は安定していた。FWがセットプレー、接点で奮闘する。ブレイクダウンからボールが出れば、バックスの攻めが冴え始めた。キックで敵陣に入り、好球が出ればスピーディーなオープン攻撃を仕掛けた。

【安定感が増したゴールキック】

 吉村がPGを蹴り込んだあとの後半26分、スクラムから左右のワイドに振り、大ケガから復帰した交代出場のフルバック(FB)伊藤大祐からパスを受けた俊足ウイング(WTB)槇瑛人が右隅に飛び込んだ。吉村が難しい位置からのゴールを蹴り込み、24―19とついに逆転した。

 伊藤の吉村評。

「(吉村は)いつも的確な指示を出してくれます。やりやすい。協調性があるから、いい関係で試合ができます」

 それにしても、吉村のゴールキックは安定感を増した。この日は4ゴール2PGとノーミスだった。「毎回、一定のリズムで蹴れているのがいい」と言う。「僕のルーティンのなかで、軌道をイメージする時間があるんですけど、そのイメージどおりにボールが飛んでいってくれているんです」。ボールをポイントに置いてから、3歩下がって、3歩左横に動き、球の軌道を確認し、上体をいい姿勢にして、体をひねってリズムを作る。「"イチ、ニイ、サン、シイ、ゴ"で蹴っています」と説明してくれた。

 これも、ふだんの練習の成果だろう。とくに敗戦からの1週間。極度の重圧のなか、試合メンバーだけでなく、監督、コーチ、そしてノンメンバー全員が一丸となって練習に取り組んだ。とくに4年生の献身たるや。吉村は言った。

「チーム全体としての準備が実った勝利かなと思います」

 試合終了直前のPGでは、吉村は蹴り込んだ後、右手を振り下ろし、両手を挙げてガッツポーズ、喜びを爆発させた。ようやく東洋大のコワさが消えた瞬間だったと打ち明けた。

「相手にスコアされて試合が止まった時などは、正直なところ、焦りがありました。でも、ノーサイドで、初めてホッとしたというか、プレッシャーから解き放たれたんです」

【サッカー日本代表の進撃からエネルギー】

 大田尾竜彦監督も同じ思いだっただろう。苦しんでの逆転勝利で言葉に安堵感を漂わせた。

「選手はプレッシャーがあったなかで、それに打ち勝ったことがすごく誇らしい。チームとして大きく成長できるような試合だったし、準備だったんじゃないかと思います」

 巷では、サッカーワールドカップでの日本代表の快進撃が話題となっていた。そのニュースを追っていた吉村は言う。

「ラグビーもサッカーのようになればいい。日本代表のスペイン、ドイツを破ってのジャイアントキリングというところは、僕たちのチャレンジャーという立場と似ています。僕らの、いいエネルギーになりました」

 さあ、これで12月25日の準々決勝(秩父宮)は、宿敵明大との再戦となった。昨年度はこの準々決勝で明大に敗退し、シーズンが終わった。吉村はその悔しさを忘れない。その敗戦ゆえ、今年度のチームスローガンが「Tough Choice(タフ・チョイス)」となった。吉村が説明する。

「局面、局面で、ハードなところを選んでいこう、という意味です。練習ひとつひとつにしても、試合ひとつひとつ、プレーひとつひとつにしても、きついほうを選んでいこう。そうすれば、必ず、いい結果が待っているって」

 吉村は175センチ、84キロ、戦術眼に長けているクレバーな選手。幼稚園の時からラグビーを始め、福岡・東福岡高の時はU17日本代表にも選ばれた。50メートルが6秒3。早大では1年から公式戦に出場し、大学日本一を経験した。大事にしている言葉が「平穏な海は優秀な船乗りを育てない」である。逆境だったり、厳しい状況だったりを、ポジティブにとらえて努力を続けることがエネルギーになる、成長を促すということだろう。

【いざ宿敵明大にリベンジ】

 明大戦まであと2週間ある。勝負のポイントは接点、セットプレー(スクラム、ラインアウト)だろう。まだまだ、チームにハンドリングミスが多すぎる。プレーの精度をいかに高められるか、敵陣の22メートルライン内に入って、どう仕留めることができるか。

 要は、上井草の練習からタフ・チョイスができるか、だろう。

 明治へのコワさは?と聞けば、吉村は「あります、あります」と笑って繰り返した。

「個人としても、チームとしても、今週以上の大きなプレッシャーがかかると思うので、チーム一丸になって準備していきたいなと思います」

 明大へのリベンジなるか。吉村は再び、重圧のなか、荒れた海に漕ぎ出すのである。部員全員の力を結集して。