アルゼンチンは初戦のサウジアラビア戦でこそ冷や水を浴びせられたものの、その後は試合を重ねるたびによくなっている。メキシ…
アルゼンチンは初戦のサウジアラビア戦でこそ冷や水を浴びせられたものの、その後は試合を重ねるたびによくなっている。メキシコ戦、次いでポーランド戦と2-0で勝利。グループC首位に躍り出て決勝トーナメントに勝ち進むと、決勝トーナメント1回戦のオーストラリアにも苦しむことなく勝利を飾った。メッシはポーランド戦以外ではすべての試合でゴールを挙げており、また自分がゴールできない時も、敵のディフェンダーを自分にひきつけ、仲間にゴールさせている。
アルゼンチンは今大会初のジャイアントキリングの餌食となった。しかし彼らにとって幸いだったのは、この洗礼が初戦だったことだ。その後はいい試合をしてトラウマを振りきり、決勝トーナメントにたどり着く前に本調子を取り戻すことができた。グループリーグの最終戦で敗れ、ショックの記憶がまだ生々しいたスペインやポルトガルなどとは違った。
スタンドを埋め尽くすアルゼンチンサポーターは両手を上げ下げし、「メーッシ、メーッシ」とコールする。その姿はまるで何かの宗教でもあるかのようだ。かつてディエゴ・マラドーナを「ディエーゴ、ディエーゴ」と呼んでいたのと同じだ。
これまでアルゼンチンでは、リオネル・メッシは常にマラドーナよりも一段下の存在に見られていた。アルゼンチンで「サッカーの神様」と言えば、他でもないマラドーナを意味するのだった。だが今大会で、もしかしたらメッシはマラドーナに並んだかもしれない。

オランダを下してベスト4に進出し、満面の笑みを浮かべるリオネル・メッシ(アルゼンチン) photo by JMPA
実際、W杯にまつわる記録ではすでにマラドーナを抜いている。出場回数はマラドーナ4回、メッシ5回、試合数はマラドーナ21、メッシは現段階で23。ゴール数はマラドーナ8、メッシは現段階で9ゴール。最後のふたつの数字はこの後も伸びていくだろう。
アルゼンチン代表の今大会の合言葉は「レオのために」だ。何度も世界最高の選手に選ばれながらも、W杯チャンピオンにはなったことのないメッシの最後のチャンス。選手もスタッフもサポーターも、皆このスローガンのもとに一致団結している。つまりレオ・メッシ第一主義だ。
【メッシと母国アルゼンチンの関係に変化が】
しかも、誰もそれを嫌だとは思わない。誰もが進んでメッシの役に立とうと思っている。それは唯一メッシだけが、アルゼンチンにタイトルを与えることができることを知っているからだ。たとえメッシがゴールをしなくても、メッシがいるのといないのとでは、チームはまったく別物だ。たとえキリアン・エムバペ(フランス)でも、まだこうはいかないだろう。彼はゴールしてこそ価値がある。
メッシとアルゼンチンがこれほど良好な関係にあったことは、いまだかつてなかった。まさに蜜月状態だ。メディアやサポーターからの批判もない。
メッシは長い間、アルゼンチンでは自分は愛されていないと感じていた。いつも非難を浴びせられ、一時期は代表を引退する決断までしたほどだ。メッシはいつもこう言っていた。
「僕はアルゼンチンのために心からプレーしている。プレーが気に入らなければ、拍手しなければいいだけだ。とにかく黙って僕にプレーさせてほしい。そうすれば僕はベストを尽くす。そしてタイトルを勝ち取る」
だが今は誰も、メッシ本人さえも、そんな過去など忘れてしまったかのようだ。
変化の要因はいろいろあるが、大きかったのは昨年のコパアメリカでの勝利だ。アルゼンチンは28年ぶりに国際大会でタイトルを勝ち取った。「メッシはクラブチームではあんなに優勝しているのに、代表ではさっぱりだ」などと言う者はもういない。それに、人々は気づいたのだ。メッシを批判するより、彼の味方についたほうが、結局はアルゼンチンのためになる、と。
ただし、この「メッシのためのチーム」は両刃の剣だろう。よくも悪くもアルゼンチンはメッシ次第。メッシの調子がよければアルゼンチンは安定し、決勝までいけるだろう。だが、もし彼が調子を落としたら? あるいは何かのアクシデントでピッチに立てなくなったら? その途端にアルゼンチンは崩れる可能性がある。いい例がグループ戦初戦だ。メッシのエンジンがかからなければ、アルゼンチンはサウジアラビアにさえ負けてしまう。
【オランダ戦で何かが変わった】
しかし、準々決勝のオランダ戦で何かが変わった気がする。
メッシは120分間、疲れることもなくプレーした。オランダに追いつかれても感情的にならず、冷静で、客観性を持ち、3秒先を読んでいた。あらためて、いるだけで試合を変えてしまう選手だということがよくわかった。
この試合でアルゼンチンは今までにない力を得た。アルゼンチンは一時、敗退も覚悟したことだろう。同点に追いつかれ、PK戦まで進み、4人目のキッカーは失敗した。だが、そのことがメッシとその仲間たちに今までにない闘志を与えた。
試合後、リオネル・スカローニ監督はこう言っていた。
「今日のアルゼンチンは新しい顔を見せてくれた。大きなプレッシャーにも耐えうるチームだということを教えてくれた。何が何でも勝つ。この勝利への大きな欲望は我々最大の武器だ。オランダには、そこまでしがみつくエネルギーがなかった」
オランダは強いチームだった。ベスト4に値するチームだった。それを最後の最後まで戦い抜いて下したことは、メッシだけでなくチーム全体に自信を与えた。「レオのために」は変わらない。しかし、アルゼンチンはプラスアルファの力を得たのではないか。
試合後のミックスゾーンで声をかけると、メッシは疲れているにもかかわらず、旧知の私のために立ち止まってくれ、今日の試合を語ってくれた。
「これは人生の大一番だった。もちろんすべての試合に価値はあるが、なかでもこれは特別だった。オランダは強かった。でも私たちは耐え抜く力を持っていた。最後のPK戦まで、決してあきらめず戦い抜いたチームメイトたちを誇りに思う」
そしてこう締めくくった。
「アルゼンチンはメッシが一番重要だと言われるが、それはチームのみんなが支えてくれているからなんだ。どうかそのことを忘れないでほしい」
W杯の記録でメッシがマラドーナを抜いたと言ったが、ひとつだけまだ追いついてないものがある。優勝回数だ。マラドーナ1、メッシ0。メッシが「神の子」から「神」になるのか。この大会にすべてがかかっている。