「今年はいいピッチャーがたくさん呼ばれているから、楽しみですよ」 バックネット裏に集まったプロスカウト陣は、そう口を揃えた。12月2日から3日間、松山・坊っちゃんスタジアムで開かれた大学日本代表候補合宿。2023年7月に開催予定の日米大学野…

「今年はいいピッチャーがたくさん呼ばれているから、楽しみですよ」

 バックネット裏に集まったプロスカウト陣は、そう口を揃えた。12月2日から3日間、松山・坊っちゃんスタジアムで開かれた大学日本代表候補合宿。2023年7月に開催予定の日米大学野球選手権に向け、選手の力量チェックと強化、交流を目的に開かれた合宿に44名の有望大学生が招集された。

 投手は20名が選ばれ、紅白戦でひとりあたり2イニングの登板機会が与えられる。そのレベルは想像以上に高く、最高球速がもっとも遅い投手でも145キロ。肌寒い12月とは思えない仕上がりだった。



大学日本代表候補合宿で参加投手最速の155キロをマークした平成国際大の冨士隼斗

大学進学後に17キロの球速アップ

 なかでもスタンドの度肝を抜いたのは、参加投手最速の155キロをマークした冨士隼斗(平成国際大3年)である。

 今秋の関甲新学生リーグでは関東学園大戦で17三振を奪ったうえに、ノーヒット・ノーランを達成。その剛腕ぶりは野球マニアの間で密かに話題になっていた。

 代表候補合宿では、キャッチボールから異彩を放っていた。短い距離でもしっかりとセットポジションをとり、全力で腕を振る。パートナーの滝田一希(星槎道都大3年)が、あまりのスピードに腰を引きながら捕球していたほどだ。この投手に「肩慣らし」という概念はないのだろう。

 本人に聞いてみると、やはりこだわりのポイントだったようだ。

「ずっと100パーセントで投げていないと、いざマウンドに上がった時に腕が振れなくなるので。キャッチボールでは100パーセントで腕を振る練習をしています」

 マウンドに上がると、投球練習の時点で150キロ超のスピードを連発。実戦に入って「155」の数値がオーロラビジョンに表示されると、スタンドからどよめきが起きた。12月の日本の野球場で計測されたスピードとしては、過去最速ではないだろうか。

 冨士と対戦した廣瀬隆太(慶應義塾大3年)に「過去に対戦した投手と比べて、どんなスピード感を感じましたか?」と聞くと、こんな反応が返ってきた。

「今シーズン見てきたなかで、一番速かったです」

 東京六大学リーグで荘司康誠(立教大→楽天1位)ら歴戦の猛者たちと対戦し、オープン戦でも社会人の好投手と対戦している廣瀬の言葉は重い。

 ただし、廣瀬は冨士の151キロのストレートを完璧に捉え、広い坊っちゃんスタジアムの左中間スタンドに放り込んでいる。大学ジャパン主砲候補の面目躍如といったところだが、廣瀬は「ボールが全然見えてなかったんですけど、真っすぐが来るだろうと振ったら(打球が)行きました」と苦笑気味に振り返った。

 一方、冨士本人は「ど真ん中に入ってしまった」と反省の弁を口にした。コントロールが甘いだけでなく、指にかかったボールとそうでないボールの落差も目立った。とはいえ、その存在を知らしめるには十分なパフォーマンスだった。

 大宮東高(埼玉)では投打に注目選手だった島村大樹(現・上武大)の陰に隠れ、背番号19をつけて公式戦登板なし。平成国際大のセレクション受験時に最速138キロだった球速は、大学で17キロもアップした。

「ヒジのケガが多かったので、ヒジを使わずに全身の筋肉を使うトレーニングをしたら球速が上がりました」

 こうした劇的な進化を見せる選手が出現するのも、大学野球の面白いところだ。

タテに変化する2種類のスライダー

 立命館大3年の谷脇弘起が残したインパクトも強烈だった。紅白戦で2イニングを投げて4奪三振。最速149キロの高めのストレートで空振り三振を奪った以外は、すべてタテのスライダーが決め球だった。

 投球練習中からスライダーの変化量と鋭さは目を引いた。打者が立った後も初球からスライダーを連発。谷脇は「キャッチャーの有馬(諒/関西大3年)がブルペンで見て、使ってくれました」と明かす。結果的にスライダーを印象づけたことで、打者の迷いや警戒心を引き出すことに成功した。

 さらに浮き上がってから鋭く変化する、いわゆる「パワーカーブ」のような変化球も印象的だった。本人によると、この球種もスライダー。前述のタテに落ちるスライダーと、打者の目線を変えるカーブのようなスライダーを投げ分けている。

 こうした投球スタイルは、代表監督を務める大久保哲也監督(九州産業大)の求める投手像と合致する。大久保監督は合宿初日にこんなことを語っていた。

「落ちるボールを投げられる投手、あとはカーブなどで緩急をつけられる投手を重視しています。歴代のアメリカ代表を見ても、カーブを使える投手が結果を残しているので」

 主力級の働きが期待される投手たちも、それぞれに持ち味を発揮した。大学日本代表の中心格になりうる実力を持っているのは、松本凌人(名城大3年)、細野晴希(東洋大3年)、常廣羽也斗(青山学院大3年)の3人だろう。

 松本は合宿初日の紅白戦に先発登板し、2回を投げて打者6人から4奪三振と完璧な投球を披露した。

 ノーワインドアップから両腕を先にひねり、サイドハンドの角度から150キロに迫る快速球とスライダー系の変化球を武器にする変則右腕。大学代表候補には1年時から名を連ねる常連だが、いまだ代表選出歴はない。

 ファウルで粘ったもののあえなく空振り三振に終わった辻本倫太郎(仙台大3年)は、松本の投球に舌を巻いた。

「松本とは春も対戦していたのである程度は球種を頭に入れていたんですけど、最後は見たことのなかったツーシームを落とされました。相手が一枚上手でした」

 大久保監督も「秋の明治神宮大会(ベスト4)でもかなりいいピッチングをしていましたし、いいアピールになっているんじゃないでしょうか」と評価している。

東都大学リーグの実力者

 細野は実戦マウンドから遠ざかった影響から「ストレートが全然ダメですね」と自己評価は辛かったが、2回を投げて3奪三振と危なげない投球。最速155キロを誇る快速球はこの日149キロに留まったものの、キュルキュルとミサイルのように回転して捕手のミットに収まるストレートの球質は左投手で群を抜いていた。

 また、細野は代表候補合宿ならではの収穫を口にした。

「キャッチャーの進藤(勇也/上武大3年)がいつもは投げないインコースを使ってくれて、配球で抑えられました。インコースを使うことで次の球が生きて、配球の幅が広がりました。いい勉強になりました」

 進藤は今年から大学日本代表に選ばれている強肩捕手で、現時点での力量は捕手陣で頭ひとつ抜けている。順当なら来年の大学日本代表の正捕手最有力候補だろう。その進藤に「受けてみて驚いた投手は?」と聞くと、細野と常廣の名前が挙がった。

「細野は真っすぐのスピードはあるし、スライダーはスピン量がすごいので打者の左右に関係なく、カウント球にも勝負球にも使えると思いました。落ちる系のスプリットもよかったので、『もっと使っていいんじゃない?』と伝えました」

 続いて常廣に対しては、進藤はこんな実感を語っている。

「ストレートが強かったです。低めのボールの伸びがすごくて、ミットに吸い込まれてくるような感覚がありました」

 常廣は招集された20投手のうち、最後に登板して最速152キロをマークしている。

 大分舞鶴高から青山学院大に進学し、ここまで東都大学リーグ通算2勝と華々しい実績はない。だが、この投手の渾身の一球を目にすれば、ドラフト1位クラスのポテンシャルを持っていることは十分伝わるはずだ。

 身長180センチ、体重73キロという投手らしい長身痩躯に、しなやかでバランスのとれた投球フォーム。爪弾かれたストレートはぐんぐん加速して、捕手のミットを強く叩く。来年は春からリーグ戦で存在感を示せれば、大学球界の顔になれるだろう。

 3日間にわたる合宿で光を放った逸材たち。冬を越えた頃にはその光はますます強さを増し、きらめいているかもしれない。