バスケ女子・菜波インタビュー(前編)今年の9月から日本テレビ系スポーツニュース番組『Going! SportsNews』…
バスケ女子・菜波インタビュー(前編)
今年の9月から日本テレビ系スポーツニュース番組『Going! Sports&News』でバスケットボールサポーターを務めている、モデルの菜波さん。中高6年間、本気で取り組んでいたバスケットボールについて、当時を振り返るとともに、この競技にハマった理由から、その魅力などを聞いた。

中高の6年間、バスケットボールに打ち込んでいたという菜波さん
―― 本日は、よろしくお願いします。ところで、ボールは持ったままでいいですか?(笑)
菜波 はい、持ったままで。安心するので(笑)。
―― 菜波さんは中学校、高校とバスケットボール部に所属して熱中していたそうですが、バスケを始めたきっかけは何があったのですか?
菜波 中学に入るまでは水泳をやっていましたが、4歳上の兄が中学校でバスケ部に入っていたんです。私も母と一緒に試合を観に行ったりしていたのですが、顧問の先生にすごくかわいがっていただいて、「菜波も中学校に入ったらバスケに来なよ」と言われたのがうれしくて、バスケ部に入りました。小さい頃から背が高くて、クラスでも背の順が一番うしろのほうだったというのもありました。
―― 競技を始めてすぐに「ハマった」のですか?
菜波 そうですね。もう体験入部の時点でバスケ部にしか行かなくて。体験入部の最初の日から楽しすぎて。ドリブルとかもへたくそだったんですけど、バスケはシュートを決めてもうれしいし、ディフェンスで止めてもうれしいし、活躍できる場面が多いですよね。ルールも難しくないですし、最初からけっこう楽しさを感じられて。
―― 熱心にバスケをされていて、チームとして、また個人として、どういうところに目標を置いてやっていたのですか?
菜波 目標は、チームで上を目指すのはもちろん、私自身1年生の時は「スタメンで出たい」と思いながらやっていました。けっこうな負けず嫌いなので、同じチームの仲間でも、先輩でも、練習から負けたくないというのがすごくあって。だから、先輩からポジションを勝ち取るみたいな思いはすごく持ってやっていました。
―― スタメンは実際、勝ち取れましたか?
菜波 はい。1年生の時からけっこう出させてもらって。2年生からは、ほぼスタメンで出ていました。
バスケに捧げた学生時代
―― 中学からバスケを始めて、高校に上がる際も迷いなくバスケ部に入部しようと思っていたのですか?
菜波 正直、中学の練習が本当に厳しくて毎日死に物狂いでやっていたんです。連帯責任で「罰走」っていうのがあって、たとえば誰かがフリースローを外したら、みんなで走らされたりとか。本当に辛かった。でも、私は辛さよりもバスケの楽しさが勝っていましたし、これだけ辛い思いをしながら頑張って上達してきたのだから、高校でもやっぱりやりたいなって。高校でも何かに打ち込みたいという思いはあったので、迷わずバスケ部に入りました。
――青春をバスケに捧げていたんですね。
菜波 そうですね。中学も高校もバスケ部の練習量がすごく多くて、友達と遊ぶっていうのができませんでした。練習が終わってもバスケ部の子たちと一緒にいる感じで、やんちゃのひとつもできなかったです(笑)。バスケ部以外の先生たちからも見られていて、何かしたら顧問の先生に話が伝わってしまいますし。だから、多少の失敗をしていいような時期に、もうちょっと何かやっておけばよかったというのはあります(笑)。
―― 悔し泣きをしたなど、エピソードはありますか?
菜波 本当に負けず嫌いなので、しょっちゅう泣いていましたね。悔し泣きばかり。練習試合でもすごく頑張って相手を抑えたのに、負けたとか、自分のプレーがうまくいっても、みんながまとまらないとチームとしてうまくいかないときとか。反対に、他の子がすごく調子よかったのに私は相手のエースのセンターの得点を止められなかったとか、「悔しい要素」はいっぱいありました。
―― 逆に菜波さんご自身が活躍したとか、勝ってうれしかったという試合はありますか?
菜波 私が高校2年生の時に、3年生の先輩の引退前、最後から2つ目の試合だったと思うんですけど、相手のセンターがエースで、けっこう強いチームと対戦をしました。コーチからは私がそのエースにつけと言われて、「どうしよう」と思いながら、なんとか食いついて、けっこう得点を止められたんです。そのお陰で、などは思わないですが、試合には勝てました。私もみんなも内心「このチームに勝てるだろうか」と思って臨んでいたので、先輩の引退直前のその試合に勝てたのはすごくうれしくて、自分の自信にもなりました。
―― 他にバスケをやっていてうれしい思い出はありますか?
菜波 女子チームではみんな、コートネームを持っていて、先輩が話し合って決めてくれるんですけど、私のコートネームは"キー"でした。英語のKey、です。チームの"鍵"となる存在になるようにっていう意味で先輩がつけてくれたのですが、それがすごくうれしくて。めちゃくちゃ気に入っています。響きも可愛くないですか?(笑)
高校を卒業してからキーって呼んでくれるのが、当時のチームメイトくらいなので、ちょっと寂しいですけど、いまだにコートネームで呼び合うので、そういう時は当時に戻る感じで、安心しますね。
今でも大好きなバスケ

――
今でもバスケはやっているそうですね。
菜波 はい。昨日もプレーしたんです。月に2、3回の頻度でやっています。プレーをするのは高校の友だちとか、あとはカメラマンさんとかメイクさんとか、お仕事の人たちともやっています。
―― 月に2、3度というのは、けっこう多いですね(笑)。
菜波 あまりプレーできるところも見つからなくて、最初は月1ぐらいが限界だったんですけど、「バスケをやりたい、やりたい」と言っていたら、不思議と見つかるようになってきました。でも、ケガすると怒られちゃうから、気をつけながらやっています。昨日はちょっと、突き指しちゃったんですけど......(苦笑)。
本当は、ケガをしないように抜くところは抜かないといけないんですけど、やっぱりボールを必死に取りに行きたくなっちゃうんです。
―― そんなスポーツ少女の菜波さんが、モデルを目指したきっかけは何だったのですか?
菜波 小学6年生の時に初めてお母さんと原宿に行って、竹下通りでスカウトしていただいて、「そういう世界もあるんだ」と興味を持ってはいたんです。中高でバスケをしていたのでとても両立などできないとは思いつつ、それでも、雑誌でモデルさんのことを読んだりしながら憧れてはいました。それで、高校を卒業したらモデルを目指そうと決めていたんです。
でも、実際に事務所に入ると、マネージャーさんが写真を見て「これは10代の体じゃない」って。それまでバスケをしていて、ゴリゴリのスポーツ少女で体もアスリートのままでした。
でも、そこから2年間くらい、めちゃくちゃ頑張って、ダイエットやトレーニングをして、鍛えるところは鍛えて体のラインを変えて、筋肉も落とすべきところは落として、なんとかモデルとしてやっていくことができるようになりました。
―― インスタグラムに、ご自身がバスケをプレーする姿をアップされていますが、菜波さんのバスケのイメージが浸透し始めたのはいつくらいからでしたか?
菜波 高校を卒業してから現役の子たちと試合をする送別会的な試合があって、それをインスタにあげたんです。その時、私はプレーをしていなかったんですけど、コメント欄で「バスケ部ではマネージャーだったんですね」と言われ、プレーヤーだったっていうプライドがちょっと傷ついてしまって(笑)。
そのあと、すぐに消すつもりでドリブルをついている映像を友達に撮ってもらってアップしたら、それがけっこうすごいことになったんです。当時は再生回数とかよくわかってなかったんですけど、「レディー・ガガ並みの再生回数だよ」と聞かされて。「えー、すごい!」と、びっくりしましたね。
そこからは、コメント欄でも「最近、バスケやっていますか?」といった感じでけっこうバスケネタのコメントをしてくれる人も増えてきました。そこが始まりだったような気がします。
――そして、今年9月からの日本テレビ系スポーツニュース番組『Going! Sports&News』のバスケットボールサポーターのお仕事につながったんですね。
菜波 そうですね。「私=バスケ」というのが定着してきた......か、どうかはまだわからないんですけど(笑)、これからこのお仕事をとおして、定着してくれたらいいなと思います。
後編:「嘘なんじゃないか」と菜波が驚いた番組のバスケットボールサポーター就任>>
Profile
菜波(ななみ)
1998年9月10日生まれ。東京都出身。身長168cm。
女性ファッション誌『CanCam』(小学館)の専属モデルとして活躍中。今年9月には、日本テレビ系スポーツニュース番組『Going! Sports&News』の、バスケットボールサポーターに就任。中高6年間のバスケのプレー経験を生かし、来年夏に行なわれる男子バスケのW杯に向けて、取材などに取り組んでいる。
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