NHK杯で総合2位となった坂本花織のフリーの演技 名実ともに日本女子フィギュア界のエースとなった坂本花織。北京五輪でメダルを獲得、世界女王にもなった昨季は、夢や目標が達成したシーズンとなった。そして迎えた今季、周囲の期待はこれまで以上となり…



NHK杯で総合2位となった坂本花織のフリーの演技

 名実ともに日本女子フィギュア界のエースとなった坂本花織。北京五輪でメダルを獲得、世界女王にもなった昨季は、夢や目標が達成したシーズンとなった。そして迎えた今季、周囲の期待はこれまで以上となり、タイトル保持者としての責任も出てきたなかでどう戦うのか。だが、新シーズンに向けた今夏のオフシーズンは、さまざまな葛藤のなかで過ごしていたという。

「自分の頭のなかで悪魔と天使が戦っていて、『頑張らないと』と言っている自分と、『頑張り疲れた』という自分がいました。それも、悪魔のほうが多少多かったんです」

 そう振り返るように、プレッシャーを感じないようにしていたつもりでも、自然とメンタルの部分に負荷がかかっていたようだ。さらに、新シーズンに向けて追い込む時期の7、8月には、大学を卒業するための勉学も両立させなければならず、心身ともに苦しむ要因となった。

 グランプリ(GP)シリーズ第1戦のスケートアメリカで今季GP初戦を戦って初優勝を飾り、幸先のいいスタートを切ったが、アメリカから帰国後の10月下旬に発熱を伴う風邪に見舞われ、1週間ほど練習を休まざるを得なくなった。練習量が減り、練習の質も落ちてしまったところから、このNHK杯に向けての調整が始まったという。

「スケートアメリカのあと、ちょっと体調を崩して丸々1週間休んだので、筋力が落ちて練習で追い込みきれなかった。でも、それはい言い訳にしかならないです」

 18日のショートプログラム(SP)は、3回転ルッツでエッジ不明瞭と判定された。また後半の3回転フリップ+3回転トーループでは、フリップに4分の1回転足りない「q」マークがつき、ステップアウトしたトーループは回転不足となってGOE(出来栄え点)で減点される。ジャンプミスから得点は68.07点にとどまって、2位発進となった。

「ちょっとふがいない結果になってしまったのですが、何とか耐えられた感じ。全体的なスピード感がなかったり、ジャンプの勢いも普通だったりした。自分はスピードがないとできないタイプなので、そこがあかんな、と。今季は昨季ほど気持ちの面でも追い込めていない。それが一番の原因だと思っています。練習量というよりも練習の質でもしっかり追い込めていない」

「今できることは全部やれた」

 強豪のロシア勢がウクライナ侵攻の制裁措置で大会に出場できないなか、追いかけられる立場になった坂本にかかる重圧は、想像以上だったのだろう。常にベストのパフォーマンスを出すためには、それなりの準備が必要なことは言うまでもない。

「SPの得点は妥当な点数。2位発進で追いかける立場のほうが楽だし、てっぺんを目指してやるだけです。久しぶりに最終滑走じゃないので、初心に返った気持ちでやりたい。世界女王としてのプレッシャーはあまりなかったんですけど、自分のなかでは『ない』と思っても、ちょっとどこかで思っているのかなという感じはしています。でも、SPで2位になってやっと吹っ切れたというか、もう1回仕切り直せそうな、いいきっかけになったと思います」

 続くフリー『Elastic Heart』では、細かいジャンプミスを犯しながらも、耐えて踏ん張る姿が見られた。冒頭のダブルアクセルはダイナミックで幅のあるジャンプが力強く決まった。続く3回転ルッツ、3回転サルコウもキレのあるジャンプを跳んでみせたが、後半のフリップ+トーループの連続3回転ジャンプでは、どちらのジャンプも4分の1回転が足りない「q」マークがついて、GOEで2.35点の減点となった。3連続ジャンプはしっかり決めたものの、最後の3回転ループは回転が抜ける失敗で1回転のパンクとなった。

 演技後は両手で頭を抱えて悔しそうに顔をゆがめていた。

「昨日(のSP)よりいい緊張感のなかでできた。最後のジャンプまで耐えていたのに、最後の最後にジャンプ(3回転ループ)がパンクしてしまい悔しかった。でも、今できることを全部やりきったので、よかったです」

 フリーの結果は133.80点の1位となったものの、合計は201.87点で総合2位にとどまった。GP初優勝したキム・イェリム(韓国)とは2.62点差だっただけに、最後のジャンプミスが悔やまれた。

 今回のNHK杯での坂本は、SPもフリーも、いつものような安定感のあるジャンプが影をひそめ、着氷で詰まったり、バランスを崩したりという場面が見られた。

GPファイナルに向けて

「合計200点前後は、ベストから30点くらい下がっているので、悔しいです。昨季(の演技)は自分でもよかったと思っているので、今はそれと比べるとほど遠いから、これくらいの点数差は当然だと思います。
 
 今回の試合では自分自身、いつも感じている風が感じられなかった。(スピードが)遅いなというのもあったし、スピードを出して滑るのは体力がいるので、フリーの後半までもたなかった。どうしてもセーブして、ゆっくりになってしまった。原因はわかりきっているので、修正しやすいと思います。とにかくNHK杯は、今できることを全力でやろうと思っていたので、今できるベストな演技はできたと思います」

 昨季は「大技がなくても勝てることを証明して自信がついていい経験ができた」というシーズンだった。今大会は、勝ち続けることの難しさを痛感した試合だったようだ。次の目標は、12月のGPファイナルと全日本選手権だ。もう一度、気合いを入れ直して、ファイナル初制覇と全日本2連覇のダブルタイトル取りを目指していく。

「今後は元気よく、自分らしい滑りができるように練習したい。あとは試合後に自分が笑顔で終われるようにしたいです。2年連続(ファイナル進出)はうれしいし、6人しか出られないのはワクワクしています。ファイナルではもう少し成長できたらいい。年末と年明けに向けて試合が途切れなくあるので、体調をしっかり整えながら、ベストコンディションで戦えるように頑張りたいです」

 努力の天才は、今回の結果にへこみながらも、しっかりと前を向いていた。