秋の「明治神宮大会」は、投手も打席に立つ決まりになっている。だから、大学の東北代表を決める大会もそれにならいDH制…

 秋の「明治神宮大会」は、投手も打席に立つ決まりになっている。だから、大学の東北代表を決める大会もそれにならいDH制を採用していない。

 今の大学野球のリーグ戦はほとんどがDH制を採用しているため、投手は実戦での打席を経験できず、4年生にもなるとバッティングの感覚は随分とぼんやりしたものになっている。


春のリーグ戦で2試合連続完封を記録するなど、力強い投球を見せた仙台大の馬場皐輔

 昨年秋、東北代表を決める大会でスイングした途端にひっくり返って、スタンドの爆笑を誘ってしまったのが仙台大の投手・馬場皐輔(ばば・こうすけ)だった。

 ちょうどドラフトまで1週間を切った頃で、チームには松本桃太郎というドラフト候補のスラッガーがいた。スカウトたちに「最後のアピール!」と意気込んで、それなりにピンと張り詰めた空気が漂う、そんな雰囲気のなかで馬場がやらかした。

 その馬場の姿にいちばん盛り上がっていたのが、仙台大のベンチだった。みんなが腹を抱えて笑い、ある者は転倒したまま起き上がれない馬場を指さし、涙を流して笑っていた。

 馬場は散々痛がった挙句、とうとう仲間に肩を担がれてダグアウトに下がっていった。しかし、自分でもおかしかったのだろう。”痛がり笑い”というのだろうか、実は本人がいちばん笑っていたようで、緊張感ある球場の雰囲気が一気になごんでしまったのだから、どこか愛すべき青年なのだろう。

「普通のヤツとどこか発想の根源がずれていて、面白い。我々はそれを”馬場ワールド”と呼んでいました」

 仙台育英高の2本柱の一角として春夏連続して甲子園に出場し、145キロ前後の剛球を投げまくっていた頃から、佐々木順一朗監督はそんな表現で馬場を評していた。

 ひっくり返った瞬間のベンチの反応を見ても、先輩、後輩関係なく、みんなに愛され、慕われているのがはっきりと伝わってきた。

 そんな馬場のボールを受けてみたい……。この試合以後、ずっと思っていたのだが、この春、その望みがようやく叶った。

 冒頭の試合では、まだボールも荒れており、逆球も目立ち、ボールとストライクもはっきりしていて、ピッチングに”幼さ”を感じていた。

 それがこの春のリーグ戦では、12奪三振での完封が2試合続き、四球もそれぞれ4個、1個と安定。防御率0.33は堂々のリーグ2位。球速も自己最速となる155キロをマークした。

 テイクバックは小さく、頭の後ろで軽くタメをつくる独特のリズム。トップの右手の位置が高く、そこから一気に右腕を振り下ろすそのスピードが恐ろしく速い。このリズムは、昨年のドラフトで慶応大から広島に1位指名された加藤拓也と重なる。

 ただし、腕を振る際の軌道が違う。

 加藤は腕を大きくスイングさせて、頭の上で遠心力をフル活用した軌道だったのに対し、馬場は右腕をしなやかにたたみ込み、顔の前で鋭く腕を振るイメージだ。

 立ち投げは、ほぼ構えたミットにピンポイントでくる。逆スピンの回転が実に素晴らしい。室内練習場に轟(とどろ)く捕球音にテンションも上がる。

 腰を下ろし、右打者の外に構える。スパイクが踏まれているのはプレートの三塁側。そこから一気に、タテにもヨコにも角度のついたボールが構えたミットに突き刺さる。サウスポーで言うなら”クロスファイアー”の球筋だ。

「ナイスボール!」

 最初からいきなりアウトローにベストボールがきた。そこから続けて3球同じボールを投げ込んできた。

 体調を崩し、マウンドは1カ月半ほどブランクがあったという。それでもこれだけのボールを投げられるのだから、持っているものは間違いなく一級品。

 4球目は逆球になった。ただ、ボールの威力は落ちていない。止めにいっているはずのミットが勝手に持ち上がる。

「澤村だな……」

 もう何年前になるのだろうか。中央大の薄暗い室内練習場で受けた澤村拓一(現・巨人)の破壊力満点の剛速球を思い出した。

 183センチ、85キロの巨体を、そのままこっちへぶつけるように投げてくる。正真正銘のパワーピッチャーだ。ストレートを投げるにしても、10の力をすべて使わないと気が済まない投手なのかもしれない。

 続いてカットボール。スッと音もなく沈む。それもホームベースの上。おそらく打ち取られたバッターは、どんな球種でやられたのかわからないだろう。カーブ以外の変化球は、あまり大きく動かない方がいいと思っている。わからないように動くのが、ベストの変化球だと……。

 そしてフォーク。落差よりも、チェンジアップのようにタイミングを外すのに効果的な球だ。自信満々でフルスイングしてくる強打者に効くはずだ。

「緊張しました……」

 帽子からユニフォームまで、全身汗でずぶ濡れになりながら発した意外なひと言。

「こっちがヘタだから、気を遣った?」

「いえ、テレビのカメラが回っていたので……」

 そういえば、地元のテレビ局も馬場のピッチングを撮影していたのだった。

 馬場は「緊張した」と言いつつも、自信に満ちた表情でこう語った。

「2、3球は150キロを超えていたんじゃないですかね」

 たしかに、指にややかかり過ぎたストレートは、とんでもなく速かった。

 構えたミットに7割以上決まるなど、すっかりピッチャーらしくなっていた。それ以上に印象に残ったのが、馬場の”剛速球”。芯で捉えても、フェンス前で失速しそうな勢いのある球。

 ただ、まだ全体的に”ゾーン”が高い。そこが馬場の”伸びしろ”でもある。さらに言えば、フィールディングにけん制……まだまだ宿題は山ほど残っている。

 この春、大学野球選手権大会の出場をかけ、東北福祉大と戦った。1勝1敗で迎えた第3戦、馬場はリリーフのマウンドに上がり、3イニングを投げたが9回に痛恨のサヨナラ負けを喫してしまった。

 全国の舞台は、秋の「明治神宮大会」までお預けとなってしまったが、2017年ドラフトの上位指名候補に名乗りを挙げたことは、間違いない。