今季は天皇杯準優勝にルヴァンカップ優勝、そしてJリーグでも3位と躍進のシーズンになったサンフレッチェ広島。その要因はリー…

今季は天皇杯準優勝にルヴァンカップ優勝、そしてJリーグでも3位と躍進のシーズンになったサンフレッチェ広島。その要因はリーグ優秀監督賞を受賞したミヒャエル・スキッベ氏の巧みな手腕と言われている。今シーズン、チームをつぶさに見てきたアンバサダーの森﨑浩司氏に、スキッベ監督のスタイルを語ってもらった。

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今季サンフレッチェ広島を上位へ導いたミヒャエル・スキッベ監督

怒ったところを見たことがない

――今季のサンフレッチェ広島は、新型コロナウイルスの影響でミヒャエル・スキッベ監督の来日が3月1日まで遅れる異例のシーズンイン。初采配は第3節のヴィッセル神戸戦でした。昨季と比べて、今季のチームを見た時に、最初はどのような印象を持たれましたか?

 サッカーのスタイルで言えば、昨季と比べて守備ラインがかなり高く設定されて、明らかに攻撃的になったのはひと目見て感じることができました。チームのキーワードとして「アグレッシブ」というものがあって、アグレッシブにボールを奪って、すぐにゴールを目指す合理的なサッカーに変わりました。

 チームの雰囲気で言うと、スキッベさんはとにかく選手たちのプレーを尊重してくれます。細かく指示を出すよりも、まずは選手に自信を持たせてのびのびとプレーさせていて、選手の性格や考えていることもちゃんとわかっているのだろうと思いました。

 監督が変わると、選手は評価されたくて監督の顔色を伺う雰囲気になる場合もあります。でもスキッベさんの下では、とにかくサッカーを楽しもうというスタンスが選手に伝わって、ものすごくいい雰囲気で明るくなったと思います。

 今シーズンは引き分けと負けが続いて、結果だけを見れば決していいスタートではありませんでした。それでも監督はどっしりと構えていて、ネガティブな言葉は言わないし、まったく重苦しい雰囲気にはならなかったですね。

――監督は怒らず、褒めて伸ばすというのも話題になりました。

 怒ったところは見たことがないです。ミスに対しても、ミスした選手が一番わかっているだろうと、変なミスをしても絶対に言いません。

 それから同じサッカー人として、敵味方関係なく、どんな人にもリスペクトを持って接してくれるし、讃えてくれます。

 練習が終われば毎回「ダンケシェン」と、「いいトレーニングができてありがとう」と選手たちに声をかけます。選手はリスペクトしてくれている、信頼されていると感じますよね。

 そうしたら誰だって「監督のために」と思ってプレーします。人としての器が本当に大きくて、今までにいない監督だなと改めて思います。

若手に自信を持たせた言葉

――トレーニング内容は独特な面があったりするんですか?

 それがまったくないんですよ。3チームに分かれてボールポゼッションしたり、シュートゲームしたり、ピッチを狭くして5対5をやったりとか。そうした見たことがあるトレーニングだし、難しいこともしないんです。

 試合の前日練習や紅白戦などは、ヘッドコーチが進めていくんですよ。選手だけではなく、コーチングスタッフのこともすごく信頼していて、自分で全部を仕切るんじゃなくて、任せるところはしっかりと任せているんです。

 スタッフの意見もしっかりと聞きながら決断だけはスキッベさんがして、チームとして結果が出る。そうなるとみんなスキッベさんと仕事がしたいと思いますよね。本当に「理想の上司」だなと思います。

――広島はオフの多さが話題になったことがありましたね。

 オンとオフの切り替えは、必ずしてくれますね。試合後の選手へのフィードバックで、負けた時は「必要以上に落ち込まなくていいから、次に向かって切り替えていこう」と。勝った時は「オフを楽しんで、家族と出かけるもいいし、友人知人とお酒を飲んでもいいし」という雰囲気を作ってくれるんです。

 試合の翌々日もオフになることがあって、スキッベさんにはリカバリーという言葉がないんですよ。そこはすごく興味深いです。

 次の日にちょっと体を動かすとかもなくて、プロだからケアが必要なら各々がしっかりとケアをしなさいと。ケアは全員が必要なわけではなく、必要がないなら自由にしたらいいというスタンスなんですよね。

「試合のあとになにかごちゃごちゃ言われてもうれしくないだろうし、俺の話も聞きたくないだろう」と。オフが多いのは、選手のことが本当によくわかっているんだと思います。

――若手の躍動も印象的でしたが、彼らへの指導で感じたものはありますか?

 若い選手に対して、自信を持たせるような言葉がけをしていたと思います。印象的だったのは、第28節の清水エスパルス戦で劇的な2ゴールを決めた川村拓夢が「ようやく自分の才能に気づいたな、拓夢」と言われたと。それは選手にしてみればめちゃくちゃうれしいですよね。

――川村選手はなにか開放されたように躍動して、重要な場面で点を決めてきましたよね。

 そうですね。彼はもともと力強いプレーができる選手なんですけど、性格が優しくて、少し遠慮がちなところがありました。でも変わったと思います。

 それからケガで離脱中の東俊希も「ケガから復帰したらレギュラーで使うから」と言われたそうです。それはリハビリの励みになるじゃないですか。本当にうまいなと思います。

 細かいところを伝えて伸ばすというより、シンプルな言葉と、自信を持たせて、のびのびとプレーさせて伸ばす。そこが若い選手の成長につながっていると思いますね。

 プレーの選択に関しては若手、ベテラン関係なく尊重してくれて、ああしろ、こうしろという言葉は聞いたことがない。ある程度自由を与えられるので、選手たちは監督を気にしながらプレーしないんですよね。

 そのなかでポイント、ポイントで褒めてくれるので、監督が求めるプレーがどういうものか気づけるのだと思います。

選手に対するフェアな評価

――選手の評価や起用の部分で、監督から感じたことはありますか?

 アウェーの柏レイソル戦(第25節)で逆転勝ちしたんですけど、荒木隼人がオウンゴールをしたんですよ。それでも試合後の円陣で荒木に「あれはナイスゴールだった」と、冗談を交えながらいじったそうです。監督が言ってくれるので場が和みますよね。

 そういったミスに対しては評価の対象にはならず、試合全体を見て彼のプレーを正当に評価していました。

 逆に同じ試合で藤井智也が決勝点を決めたんですけど、次の試合はベンチ外でした。僕が見ていて感じたのは守備面とポジショニング、それからシンプルにミスが多かったことですね。

 スキッベさんは、自分が求めているクオリティに対してはドライな部分があって、選手のことをすごくよく見てフェアな評価をします。名前や年齢ではないんです。青山敏弘は広島のレジェンドですけど、彼がベンチ外になった試合が多いのは象徴的で、健全な競争を促しています。

――試合の中での修正力が高く、途中交代の選手が活躍する試合も多かったと思います。そこはどう感じていますか?

 決まったパターンの交代がないんです。監督によっては時間帯によって決まっていたり、点が欲しい時、守る時で決まっていたり、パターンが固定されることは珍しくない。ただ、それは相手にとっては分析しやすいですよね。

 でもスキッベさんは、常に試合の状況をフラットに見て的確な采配をしていて、いつも驚きを与えてくれます。

――第12節の鹿島アントラーズ戦で、2ボランチだったのを1ボランチにして、2トップの形にしたことがありました。

 あれは本当に驚きました。練習もほとんどしていないし、前日ですらやっていなかったシステムに変更しました。野津田岳人は1アンカーをやるのが初めてだったと思います。なおかつ2トップ、2シャドーというのを、どのようにして考えついたのかは、スキッベさんの頭の中を探らないとわからないですね。

 鹿島という強豪を相手に1アンカーは、普通であれば守備の不安を感じるものですけど、それも超越して押し込める自信があったんでしょうね。相手のプレッシャーに負けずに押し込んで、よりアグレッシブに戦うための形が見事にハマって3-0の完勝です。チームにとって大きな自信になった試合だったと思います。

――6月から7月のかなりタイトな日程となった9連戦や、8月から9月に8連勝した時でも広島はほとんどターンオーバーをせず、主力をほぼ固定して乗りきりました。選手層の面もあったかもしれませんが、これだけ選手を固定し続けたことについてはどう思いますか?

 日本の夏場で、ターンオーバーをしない監督は初めて見ました。体力的にかなり厳しいと思ったんですけど、選手たちは普通に走れていました。メディアの方も夏場に選手を入れ替えるのは当たり前と染みついているので、スキッベさんに「ターンオーバーはしないのか」と聞きますよね。

 その時「選手はこの暑いなかでトレーニングしているのだから、みんな慣れていないとおかしい」と。スキッベさんにとって「暑い」というのは言い訳でしかない。暑いと考えれば考えるほど辛くなるし、慣れたほうがいいだろうと。トレーニング時間を極端に短くすることもなかったですしね。

 またメンバーを変えなくても勝てていたので、選手から不満も出ませんでした。勝っていて調子がよければ、そのまま起用してもらいたいというのが選手の心理だし、メディアの方には毎回「コンディションは問題ない」と言っていました。

 夏場でリーグでは優勝争いできるくらい順位が上がって、天皇杯もルヴァンカップも勝ち続けたので、自信と勢いがどんどんついていったと感じました。

コンスタントに優勝争いをしてほしい

――天皇杯、ルヴァンカップでは、2週続けて決勝を戦うというスケジュールでした。天皇杯でJ2のヴァンフォーレ甲府に敗れて、1週間後にルヴァンを戦うのは、メンタル的にかなり難しかったと思います。

 広島はまだカップ戦で優勝したことがない負の歴史がありましたが、天皇杯では絶対に勝てるだろうと。プレッシャーのなかでも自分たちのスタイルを100%発揮できれば、優勝できる自信がありました。

 それで負けたのは本当に悔しかっただろうし、あそこからよく切り替えてくれたと思います。

――天皇杯後にスキッベ監督が選手たちにかけた言葉が印象的だったそうですね。

 そうですね。「天皇杯で優勝カップを広島に持って帰れなかったのは事実だけど、ただ俺たちはカップ自体をまだ持っていない。だから持って帰れなかったわけではない」と。「この過去はもう変えられないけど、未来だけは変えることができる」と。そんな言葉をかけていたと聞きました。

 広島のこれまでの歴史を含めたこの言葉は面白いと思いましたし、自分が選手なら確かに過去は変えられないし、未来に向かって準備しようと思いますね。

 切り替えられた要因はもう一つあって、天皇杯決勝後のオフ開けにようやくサポーターが練習を見学できるようになったんです。選手に聞くとこれも大きくて、サポーターの後押しがすごく力になったと言いますね。

――ルヴァンカップ決勝はどのような思いでご覧になったんですか?

 ルヴァンに関しては、広島は過去に2度決勝まで行かせてもらって準優勝に終わったので、優勝してほしいという願いと、そう簡単には獲れない難しさも知っていて、天皇杯からどれだけ切り替えて戦えるか心配しながら見ていました。

 でもそんな自分の不安を越えていった後輩たちのプレーぶりは、本当に頼もしかったですね。決勝には広島のユース出身選手が5人先発に名を連ねて、改めて広島というチームは育成型クラブであることも証明してくれました。本当にたくましいチームになったと思います。

――最後に来季の監督にどんなことを期待していますか?

 今シーズンは本当にすばらしいシーズンを送りましたが、このチーム力、結果を維持してもらいたいですね。ただ、その難しさは、監督自身が一番わかっていると思います。

 今シーズンの優勝は叶わなかったですが、コンスタントに優勝争いに絡める結果を残し、優勝できるだけのところに持っていってもらいたいですし、持っていけると思っています。また、選手の成長面では、日本代表に選ばれるような選手を輩出してもらいたいですし、それだけの選手が広島にはいると思っています。

 サッカースタイルの面では、今のサッカーの質をもっと上げて、リーグのなかで攻撃的なチームと言えば川崎や横浜FMよりも広島だと認めてもらえるくらいのチーム作りを期待したいです。

――森崎さんがプレーされた、ミハイロ・ペトロヴィッチ監督の攻撃的で魅力的なチームの時代が来る。そんな予感がする今季だったのではないでしょうか。

 そうですね。僕はその時代より上を行っていると思います。若い選手と経験ある選手が健全に競争して、もっと魅力的でレベルの高いサッカーを見せてもらいたいと思います。