米国の元独立リーガー・長坂秀樹氏 中学時代の中日・小笠原を指導 米国の独立リーグなどでプレーし、引退後は野球塾を開いてい…
米国の元独立リーガー・長坂秀樹氏 中学時代の中日・小笠原を指導
米国の独立リーグなどでプレーし、引退後は野球塾を開いている長坂秀樹さんは、中日・小笠原慎之介投手の中学時代に指導していた。自身は身長168センチと上背がなかったが、最速152キロの直球を武器にした。球速アップを強く望んだ小笠原に課した練習はお尻強化などもあったが、特筆すべき1つが2メートルの“超短距離”ダッシュだった。投手練習と言えば長距離走が主流だった時代に長坂さんのメニューは独特で、小笠原が150キロ左腕となる礎をつくった。
長坂さんは2011年から神奈川県藤沢市で、主に小、中学生を対象にした野球塾を開講している。現在44歳。自身が中学生や高校生の頃はスポ根が主流で、投手は15キロ、20キロを走る練習が珍しくなかった。
長坂さんは走り込みが無意味だとは考えていない。心肺機能を高める運動は体力づくりにある程度必要だという。ただ、投手には瞬発力を高める練習が重要だと説く。
「知識や経験を重ねた今になると、短いダッシュやジャンプを練習で増やすべきだったと思っています」
長坂さんは身長168センチと大きくないが、現役時代の直球は最速152キロを計測した。野球塾には長坂さんの知識や技術を教わろうと、速い球を投げたい子どもたちが集まってくる。
100球の投球=100回の一瞬 瞬発力を鍛える練習メニューに重点
野球塾を始めたばかりの頃、長坂さんは神奈川県にある中学硬式の強豪「湘南ボーイズ」で投手の指導をしていた。ここでも、「球速を上げたい」と教えを求める子どもがいた。その筆頭が、後に中日からドラフト1位で指名される小笠原だった。
「小笠原はとにかく速い球が投げたい、投げ方を教えてくださいと、よく質問していました」
長坂さんは速い球を投げるには、いかにリリースの瞬間に無駄なく力を伝達するかがポイントになると説明した。瞬発的な力の出し方を覚えるためにジャンプを取り入れた練習メニューを組み「投球で力を出すのは一瞬で、一瞬の繰り返し。1試合で100球投げるのであれば、100回の一瞬を繰り返す」と伝えた。大きく前に飛んだり、横に飛んだり、小笠原はジャンプのメニューで「一瞬の感覚」を磨いた。
ジャンプに加えて重点を置いていた練習がダッシュ。当時はダッシュや短距離のメニューは100メートルを20本というような内容が一般的だったが、長坂さんが小笠原に提案したのは「2メートル走」だった。
スタートの瞬間に力を出すことに集中し、2メートルだけダッシュする。急には止まらず15メートルほど流して走り、息を整えながらスタート地点に戻る。そして、再び2メートルダッシュ。小笠原は1日に100本から200本こなしていたという。
縄跳びやストレッチ交えたインターバル走も定番の練習
体力をつける練習には長距離ではなく、インターバル走を取り入れた。グラウンドの右翼から左翼まで1分30秒ほどかけてゆっくり走り、左翼についたら1分間縄跳びをする。今度は左翼から右翼へ同じスピードで走り、到着したら縄跳びをする繰り返し。縄跳びの代わりに股関節のストレッチなどをする時もあった。長坂さんは他にも、単調な練習で選手が飽きないように工夫を凝らした。
小笠原は走る練習があまり好きではなかった。野手を含めた全体練習でランニングをすれば最後尾を走っていた。だが、長坂さんが課した2メートルダッシュは、球速が上がると信じて決して手を抜かなかった。長坂さんは言う。
「小笠原は自分でやると決めた練習は誰よりも一生懸命でした。球速は上がり、太ももがすごい太さになっていました。練習自体はつらいはずですが、目的を達成する楽しさに変えていました」
つらさを楽しさに変換できるところに、上手くなる選手の共通点があると長坂さんは長年の指導から感じている。体づくりや技術の向上に、きつい練習は避けられない。きつい練習を前向きにできる選手は上達すると指摘する。
「現役時代に自分より上手かった選手、プロに行った選手たちを見ていると、きつい練習でも、あと1本、2本と他の選手より多く回数をこなしていました。つらい練習の中に楽しみや達成感を見出せる選手は成長できると感じています」
長坂さん指導のもと、球速アップのために2メートルダッシュやインターバル走、ジャンプをトレーニングに取り入れた小笠原。東海大相模時代に甲子園に出場して150キロを超える直球で打者を圧倒した姿、さらに中日でのプレーが、中学時代のトレーニングの効果を証明している。(間淳 / Jun Aida)