サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト・大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マ…

 サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト・大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回は、PKか否か、境界は脇の下の最も奥の位置?

■笑ってしまう解釈の「朝令暮改」

 ここ数年のハンドの解釈における「朝令暮改」ぶりは思わず笑ってしまうほどだ。

 ハンドの大原則はあくまで「意図的に」であり、偶発的に手に当たっても反則ではない。それはいまも変わらない。2019/20競技規則では、攻撃側は、偶発的にでも手に当たって相手ゴールにはいったり、手に当たった直後に自分でけり込んだり、得点の機会をつくった(アシストした)場合には反則になる、すなわち得点を認めないことになった。ところがわずか2年後、2021/22の競技規則では、「アシスト」の場合には、偶発的なハンドは反則にしないことになった。この違いは、とても大きかった。

 また2019/20版ではスライディングなどで体を支える手にボールが当たっても反則にはならないと明記されたが、これも2年後の2021/22版では表現が消され、ただ手や腕を不自然に広げた状態でボールが手に当たったら反則とされた。

 2021/22版の競技規則には、また、ハンドの反則になる図解も出てファンを驚かせた。使っていけないのは手や腕であって、肩でのプレーは反則にならない。これがVAR時代になり、ボールが当たった体の部位が映像でクリアになったとき、「これは腕か肩か」の明確な基準が必要になったのだという。「ハンドの反則を判定するに当たり、腕の上限は脇の下の最も奥の位置までのところとする」という文言がついたが、はっきり言ってこの文言と図には笑ってしまった。

 2022/23版の競技規則には、その図が正面と側面、そして腕を上げたときの3種になっており、VAR時代の「ミリ単位の精度」の思想がさらに進んでいることが垣間見られて興味深い。

■審判にも難しい判断の基準

 ともかく、現在のハンド判定は混乱のさなかにあるように思えてならない。至近距離からでも手に当たったボールは、その手が少しでも体から離れていれば反則となり、それがペナルティーエリア内ならPKだ。だが人間の体は足と手(腕)が連動するようになっている。相手の攻撃を防ごうと足を運べば手も動く、その瞬間にボールがきたら、よけようなどない。

 2019年の女子ワールドカップ・ラウンド16。相手のシュートがなでしこジャパンの熊谷紗希が下げた手に直撃。PKの判定でなでしこジャパンは敗退した。熊谷はけっして「体を大きく」していたわけではない。ごく自然な体の運びのなかで、手が少し体から離れていた。

 ことしのJリーグ第29節、浦和レッズ×柏レイソルの終盤に柏のDF北爪健吾の左手に当たったボール。北爪は浦和MF関根貴大のクロスをカットしようと、関根の足元にスライディングをかけた。その左腕は明らかに「支え手」(いまはその規定はないが)だった。しかしスライディングの勢いのなか、少し体の後ろに開く形になった。

 私は、佐藤隆治主審の判定が間違っていたとは言わない。現在の競技規則やさまざまな試合での判定基準に従えば、ハンドの反則とするのが正しかったのに違いない。しかしこれがマラドーナやアンリの行為と同じような、罰則に値するものなのだろうか(マラドーナもアンリも実際には罰せられなかったが…)。ペナルティーエリア内での守備側のハンドの反則はPKの判定であり、試合を左右しかねない重大なものだ。レフェリーたちだって、本当は、守備側にとってこんな気の毒な判定などしたくないに違いない。

■サッカーをつまらなくするもの

 大原則に戻り、ハンドは「意図的」なものだけを罰するべきだと思う。攻撃側の選手たちは守備側の手に当たれば「ハンド!」あるいは「Handball!」と叫ぶだろう。ときには、ジャンプして着地したばかりで、バランスを取ろうと、手が体から離れているかもしれない。その手に向かって、避けようのないボールが飛んでくるかもしれない。しかしそこに当たっただけで反則というのは、サッカーを本当につまらないものにしている。

 ボールが手に当たったのか、手がボールをとらえたのか、その違いだけを反則か否かの基準にすべきだ。少なくとも体から離れた手が自然だったか不自然だったかよりも、意図的だったかそうでないかのほうが、多くの人にわかりやすいのではないだろうか。

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