ラグビーの日本代表(世界ランク10位)が、ワールドカップ(W杯)優勝3度を誇るニュージーランド(NZ)代表「オールブラックス」(同4位)に挑み、31―38で惜敗した。フランカー(FL)姫野和樹は、ジャッカル(密集での相手のボール奪回)にト…

 ラグビーの日本代表(世界ランク10位)が、ワールドカップ(W杯)優勝3度を誇るニュージーランド(NZ)代表「オールブラックス」(同4位)に挑み、31―38で惜敗した。フランカー(FL)姫野和樹は、ジャッカル(密集での相手のボール奪回)にトライ奪取と大暴れ、完全復調を印象づけた。



オールブラックスを相手に1トライを挙げた姫野和樹

 10月29日のリポビタンDチャレンジカップ。国立競技場は、改築後最多の6万5188人の観衆で埋まった。キックオフ直前、そのスタンドがどよめく。NZのマオリ族の伝統の儀式「ハカ」だ。迫力満点。オールブラックスの雄叫びが晴れた秋空に流れた。

 対峙する日本代表は肩を組んで、ハーフウェーライン際に横一列に並んだ。姫野たちは、あえて三角形のNZの陣形の後方に目線をやった。日本のジェイミー・ジョセフヘッドコーチ(HC)による対策だった。28歳が冗談口調で説明する。

「(陣形の)前のほうの選手はマオリ生粋の(流れをくむ)方たちでうまいので、うしろを見ようという策でした。あまりうまくない人はうしろにいくんです。僕は、シャノン・フリゼルが下手なのを知っているんです」

 姫野は昨年、ラグビーの本場、NZで武者修行した。世界最高峰のスーパーラグビー、ハイランダーズの一員としてプレーした。フリゼルはチームメイトだった。即ち、日本の選手がハカでNZに気圧されることはなかったのだ。

 日本が、NZに挑むのは2018年11月の敗戦(31-69)以来、4年ぶりだった。これまで6戦全敗。大敗、惨敗、健闘をつづけてきた。躍進した2019年W杯を経て、日本は確実に成長している。試合後、記者と交わるミックスゾーン。「4年前とは全然違う」と姫野は言った。

「強くなっているという実感はあります。まずメンタリティがすごく変わったのかなって思う。ハカにも物おじしないし、ほんとうに勝ちにこだわる。絶対に勝つという意識が強まっている」

 もはやNZを過大評価する必要はない。リスペクトしすぎることは?と聞けば、姫野は「ないですね」と応えた。

「ニュージーランドでプレーしたからこそ、レベルがわかっているし、どう対応すればいいかもわかっている。もちろん、リスペクトはしますけど、そんなに恐れることはまったくないですね。むしろ、"かましたろう"と」

値千金の姫野のジャッカル

 確かに、日本は強くなった。何といっても、コンタクトエリアで当たり負けしなくなった。外国人選手の存在もあるだろうが、姫野ら日本人選手のフィジカルもスキルもマインドも間違いなく、変わった。 

 後半14分だった。日本は自陣ゴールライン前でのピンチが続く。NZの怒とうの攻めを受け、しぶといタックルでしのぎ続けた。ここで姫野は攻守を切り替える得意のジャッカルを狙っていた。黒いジャージが固まってなだれ込んできた刹那、桜のジャージの背番号7は両手をひろげ、相手ボールにがばっと襲い掛かった。

 NZはボールを離さず、ペナルティーを奪い取った。マイボール。姫野は右腕を振り上げ、ガッツポーズを作った。試合後、「狙っていたの?」と聞けば、「はい」と即答した。

「見えていました。今週はブレイクダウンのボールに対してのアタックマインドというのを、自分で意識してきました。それがいい結果になりました」

 姫野は今年、リーグワンのトヨタヴェルブリッツ(旧トヨタ自動車)に戻った。今年4月の試合で左太ももを肉離れした。全治数カ月。でも、「けがをする前よりも強いからだを作る」と信頼するトレーナーとリハビリを続けながら筋力強化にも励んだ。

 9月、日本代表候補の合宿に合流し、先の豪州Aとの第1戦に途中出場し、第2戦では先発出場した。足を少し痛めた。第3戦は大事をとって欠場。このNZ戦に照準を合わせ、状態を上げてきていた。

 姫野は満足そうに漏らした。

「コンディション的にはすごく上がってきている。からだの調子がすごくいいし、ラグビーの感覚が徐々に戻ってきたという感じですね」

リーチ・マイケルも復活に太鼓判

 一緒にプレーしたFLリーチ・マイケルも姫野の復活に太鼓判を押した。「きょうはすごかった。ブレイクダウンも、ジャッカルも。もう完全に(体調は)元に戻った」と。

 特に状態の良さを象徴したのが、後半26分の密集でのタフガイぶりだった。ジャッカルにいったところ、首筋に、NZの巨漢ロック(LO)ブロディ―・レタリックの強烈な頭突きを受けた。それでも少しもひるまず、ボールが相手側に出ると、スクラムハーフをつぶしに行った。

 この頭突きが危険なプレーということで、レタリックにはレッドカード(退場)が出た。日本は1人多い、数的優位に立つことになった。

 そして、ノーサイド間際の後半39分だ。日本は反撃し、姫野はゴールライン間際のラックの左サイドを突いて、左中間に飛び込んだ。ここでも、相手ディフェンスの動きをよく見て、バックスが立とうとしていたサイドに持ち込んだ。

 直後、トライの確認のためのTMO(ビデオ判定)となったが、姫野は「いや、トライでしたよね」と笑い飛ばした。

「左サイドはバックスの選手だったので。ディフェンスはうまくないだろうし、からだは僕のほうがでかいし、フィジカルでは優位性があると思ったので突いたのです。そうしたら、ちょうど選手の入れ替えで、スペースが空いたのです」

 ゴールも決まって、4点差となった。その時の心中を姫野はこう、振り返った。

「時間がなかったんで、"はよ(ゴールキックを)蹴って、いこう"と」

 日本の円陣では、こう言い合った。

「あとワントライで追いつける、逆転できる。自分たちが同じ絵を見ること、セイムページを見て、しっかりボールをキープして、トライまで取りにいこうって」

 最後、NZにPGを蹴り込まれ、過去最少点差(7点)で試合終了となった。大健闘と言っていいだろう。でも、姫野は言った。その言葉にチームの成長の跡がみえる。

「やっぱり勝てなかったのは、悔しいですよ。日本代表は惜しい試合をして、よかったなあと見られがちですけど、僕らはそこに満足するチームではもうないんです」

 だからだろう、姫野は課題の言葉を継いだ。

「ペナルティーが多すぎましたね。数的優位をうまく生かせなかった。疲れから、集中力が散漫になったりしたのかもしれませんけど。(課題は)そこですね」

 姫野の座右の銘は、中学時代の恩師に教わったという『常に一流であれ』。一流とは、失敗しても起き上がり、チャレンジを続けられる人を指す。姫野は日々の鍛錬に励み、考え、いつもチャレンジしてきた。失敗もけがも乗り越えてきた。ひたむきに。

 素材は文句なしだ。日本代表のデビュー戦が2017年11月の豪州代表戦(30-63)だった。この時、帝京大を卒業したばかりの23歳。LOで出場し、豪快なトライを奪った。

 ガムシャラだったあの試合から5年。キャップ(国別代表戦出場数)は「23」となった。記者から、あのデビュー戦との違いを聞かれると、28歳は笑った。

「あれから、大人になりました」

 いや、いろんな経験を積み、ラグビーナレッジ(知識)が高まった。つまりはクレバーになった。心身ともにたくましくなった。

 これから、日本代表の欧州遠征が始まる。11月12日に世界5位のイングランド、20日には同2位のフランスと対戦する予定だ。ミックスゾーンの取材時間が終わる。姫野は最後、言葉に力を込めた。

「勝ちにいきます」

 "世界最高のバックロー(フランカーとナンバー8)になる"が目標。タフガイの姫野は、ラグビーの「一流選手」として、着実に成長をつづけるのだった。