4年間で1軍通算59試合出場…ベンチ入りも熾烈だった たとえ強く願っても、ほんのひと握りの人しか入ることを許されないプロ…

4年間で1軍通算59試合出場…ベンチ入りも熾烈だった

 たとえ強く願っても、ほんのひと握りの人しか入ることを許されないプロ野球の世界。今月に行われたドラフト会議でも指名を勝ち取れず、現役引退を決断した選手もいる。ただ、目標だったプロ野球選手になれたとしても、1軍で活躍するまでの道のりはさらに厳しい。今季限りで中日を戦力外となった滝野要氏も、プロの壁を痛感したひとりだった。

 チームに欠かせぬ主力となれば、年俸は億を超える。“夢のある世界”で成り上がろうと、誰もが志高くNPBの門を叩く。もちろん滝野氏も、自信を持って飛び込んだ。岐阜・大垣日大高時代は甲子園出場を経験し、大商大でも1年からレギュラー。ドラフトでの指名順位こそ6位だったが、歩んできたキャリアは決して他の選手に引けを取らなかった。

 ルーキーイヤーの2019年は、春季キャンプから1軍スタート。ただ、3週間もたたずに2軍へ。マイペース調整を続けていた不動のレギュラー大島洋平外野手と当時主力だった平田良介外野手との入れ替わり要員だった。その後、故障も重なり1軍デビューは果たせず。2軍では69試合に出場し、打率.250、0本塁打、11打点だった。

 初めて1軍の舞台を踏みしめたのは、2020年の秋。翌2021年は初めて開幕1軍をつかんだが、結果的に38出場にとどまった。スタメン出場は、わずか5試合。代打や代走での途中出場がほとんどで、自身の意識も少しずつ変わっていった。

「もちろんレギュラーを目指してやっていましたが、途中からサブキャラ的なポジションで生きていかなければならないというのも感じていました」

「少しでも可能性があるなら」…2軍では内野にも挑戦

 2軍にいては、どんなに活躍しても査定対象にはならない。たとえ脇役だとしても、1軍にいることが最低限“プロの証し”であると思った。使い勝手のいい選手になろうと、2年目からは2軍で一塁や三塁でも出場。「少しでも可能性があるなら」。何かきっかけをつかむためにもがいたが、今季も11試合出場にとどまり、中日のユニホームを脱がされた。

 通算59試合のプロ4年間を振り返り、何が足りなかったのかを冷静に考える。

「やっぱり、誰にも負けない一芸を持っている人が強いなと。球際が強かったり、肩が強かったり、足が速かったり、パンチ力があったり……。客観的に見た時に、自分は小さく収まってるなと思いました」

 打撃も、足も、肩も、“そこそこ”。総合力で勝負するにも、克服できない弱点もあった。「どうしてもバントが苦手で……」。小技が効かなければ、ひとつチャンスを失う。1軍の外野陣では、守備力に定評のある後藤駿太外野手や俊足の加藤翔平外野手らがベンチに控える中、自らの居場所を確保できなかった。

 レギュラー争いの下にある、1軍のベンチ入りをめぐる争い。敗れた者には、遠からず戦力外がやってくる。「自分は完全に負けました。ただ、それだけだと思います」。実力不足を真正面から受け止めた滝野氏。潔くプロの舞台を去り、第2の人生へと進む。(小西亮 / Ryo Konishi)