ケンドーコバヤシ令和に語り継ぎたいプロレス名勝負(7)前編(連載6:ザ・コブラの異様すぎる凱旋マッチに「今、俺は何を見ているんだ?」>>) 子供の頃からあらゆる団体の試合を見続け、各メディアで"プロレス愛" を披露してきたケンドーコバヤシさ…

ケンドーコバヤシ
令和に語り継ぎたいプロレス名勝負(7)前編

(連載6:ザ・コブラの異様すぎる凱旋マッチに「今、俺は何を見ているんだ?」>>)

 子供の頃からあらゆる団体の試合を見続け、各メディアで"プロレス愛" を披露してきたケンドーコバヤシさんが、独自の目線で名勝負を語り尽くす連載。第7回は、格闘王・前田日明がリングス時代に、突如キレた一戦を振り返る。



リングス旗上げ戦から何度も死闘を繰り広げた前田日明(左)とディック・フライ

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――今回の語り継ぎたい試合はどの一戦でしょうか?
 
「前田日明vsディック・フライにしましょう。純粋なプロレスではなくリングスになりますけど」

――リングスは、1991年1月に新生UWFが解散して3派に分裂したことを受けて、1991年5月11日に前田日明さんが旗揚げした総合格闘技の団体ですね。フライとは横浜アリーナでの旗揚げ戦などでも対戦していますが、どの試合になりますか?

「1994年7月14日に大阪府立体育館で、前田さんが試合中にキレた一戦です」

――リングスのランキング戦で、1位の前田さんに3位のフライが挑んだ戦いでしたね。

「そうです。試合は前田さんが勝ったんですが、試合中にキレて、勝利した直後にフライの背中を踏みつける事件が起きた。今では"前田伝説"のひとつにもなっています。この試合は、前田さんがキレたことで当時はものすごく話題になりましたが、僕はリングスを放送していたWOWOWを契約してなかったんで、友達が録画したビデオを見たんです。最近、親しいスタッフの方が映像を持っていることがわかって、もう一回映像を見ながら『前田さんはなぜキレたのか』を検証することにしたんですが......」

――検証結果はいかがでしたか?

「他に映像を持っている人も、あらためて試合を見直してほしいんですけど、どこをどう見てもキレる要素がないんですよ」

――えっ......そうだったんですか?

「試合はざっくり言うと、フライよりデカい前田さんが上から押さえつけようとするのを、フライが近寄らせないように掌底とローキックで徹底的に距離を取ろうとする展開。それでも前田さんが距離を詰めていく、めちゃくちゃ熱い試合だったんです。会場のファンも沸きまくってました。

 でも、そんな熱い展開だったのに、フィニッシュがあまりにも突然訪れるんです。前田さんがフライの左ミドルキックを捕まえてうつぶせに倒すんですが、一瞬でフライが右手でマットを3回叩いてタップ。決まり技はレッグロックだったんですが、最後は極めたのかどうかもわからないくらい一瞬でした。いまだに俺は『前田さんが裏技を出したんちゃうかな?』と思ってますが、それくらいのタイミングでしたね」

――試合時間はわずか2分54秒。あれほどの高速タップは驚きでした。

「前田さんがフライの足首を持って裏返した瞬間でしたからね。さっきも言いましたが、試合は短時間でもめちゃくちゃいい内容で、客観的に見れば、前田さんは自身のファイトと相手のフライを褒めてもいいくらいだと思います。攻防が見事で、最後もなんとかフライを押さえつけてグランドで一瞬で極めた。ここまで遊びのない面白い試合は、リングス史上でもけっこう少ないはずです。

 それなのに、試合直後に前田さんがフライの背中にストンピングを浴びせた。あんなにいい試合なのに......。キレた理由がホンマにわからないんです」

――前田さんがフライを踏みつけたあと、リングは混乱しましたね。

「そうですね。前田さんはキレたあと、鼻血を出しながらリング上で何か叫んでいた。そこに、フライのセコンドで、同じリングス・オランダのハンス・ナイマンとレネ・ローゼがリングに上がります。特にナイマンは、めちゃくちゃ怖い顔で『どういうことだ。説明しろ前田。レフェリーも来い!』みたいな感じで詰め寄ったんです。リングスの若手が『前田さんが危ない』と割って入るんですけど、ナイマンはオーラだけで蹴散らした。

 一触即発の展開でしたが、なぜか前田さんは控室にすぐ帰っちゃうんですよ。残された若手はみんな怯んでましたが、ケンカ番長・成瀬(昌由)さんだけはちょっと言い返してましたね(笑)。ただ、その相手はナイマンじゃなくてフライでしたけど。フライと一瞬つかみ合いになったんですが、そこにナイマンがバッと入ってひと睨みしたら成瀬さんも一瞬で黙った。ナイマンはめちゃくちゃ怖い空気を醸し出してましたね」

――ナイマンは、リングス草創期を支えたキックボクシング出身の格闘家でした。経歴もオランダのアムステルダムで用心棒をやっていたといわれる"本物"。2014年11月5日に55歳で急逝しましたが、死因も銃撃死という壮絶な人生でした。

「その"本物"のナイマンが発するオーラと殺気がすさまじすぎて、ケンカ番長の成瀬さんも怯むというね(笑)。ただ、大将の前田さんをみんなで助けるためにリングに入ったのに、その前田さんがいなくなって、『オランダ勢とにらみあっても仕方がない』という微妙な空気になって。リングスの若手選手たちはどうしていいかわからない感じで、お客さんも帰りだしてしまった。試合を生中継していたWOWOWも、客席の照明を落としたんですよ」

――確かに、なんとも微妙な空気になったのを覚えています。

「でも、この試合の問題は"その後"。本当に検証が必要なシーンがあるんです」

(後編:ケンコバが切望する格闘技界の「歴史が覆りそう」な前田日明の音声解析と、格闘技界におけるリングスの再評価>>)