3度目のプロ入りチャンスを迎えた社会人球界のエース 10月20日のプロ野球ドラフト会議で「3度目の正直」を待つ最速153…

3度目のプロ入りチャンスを迎えた社会人球界のエース

 10月20日のプロ野球ドラフト会議で「3度目の正直」を待つ最速153キロ右腕がいる。社会人野球の東芝でプレーする吉村貢司郎投手だ。国学院大4年の秋も、そして東芝でドラフト解禁となった昨年も、手元には何枚かの「調査書」が届いたが、会議で名前が呼ばれることはなかった。「去年も悔しい思いはしていますから。1年間どういう投手になりたいのかを考えてやってきたつもりです」。今では社会人ナンバーワン投手と呼ばれるまでに進化し、静かに指名を待つ。

「調査書」は、プロ野球のチームに、自分を紹介するいわば“履歴書”だ。自身の特徴や残した実績などを書きこんでいく。そして今回、吉村の手元には全12球団からの調査書が届いた。プロ野球スカウトの中には、安定感のある先発投手として「1位でないと取れない」との見方もある。これまで書いてきた20枚以上の調査書が、ついに報われようとしている。

「ずっと夢見ていたプロ野球ですから、意識はしますけど……。チームとして日本選手権を目指してやっていますから、そこはブレずに調整していきたい」。今は10月末から京セラドームで行われる日本一をかけた戦いへ向け、調子を上げているところだ。6日には、クライマックスシリーズを控えたヤクルト1軍との練習試合でも先発し、村上宗隆内野手を三振に打ち取るなど好投した。

“振り子投法”とでも呼びたくなるような、ちょっと変わったフォームから剛球を投げ込む。モーションを起こす際、左脚を一旦後ろに振ってから、勢いをつけて前へ上げる。理由を問うと、「捻転差ですね。パワーを開放するための動作として、1回ねじれを作るためです」と明快な答えが返ってくる。練習の1つとして取り組んでいた動きを、試合でもやってみたらハマった。ボールにも勢いが出たという。

調子の波をなくすために…何が「変わって」いるのか把握に試行錯誤

 国学院大4年次は、秋のリーグ戦中に肩を痛めたこともあって指名漏れ。東芝にはドラフト1位でプロに行くことを目標に入ってきた。入社前、平馬淳監督ともそう話し合い、目標シートに書きこんだ。

 ただ、入社して2年を経過し“解禁年”となる昨季も指名はなかった。ドラフト前の9月末に行われた都市対抗予選で、自己最速の153キロを叩き出したにも関わらずだ。課題は自分でもよく分かっていた。調子の波が大きすぎたのだ。ピシャッと抑える試合がある一方で、思うようなボールが行かないと試合をつくることさえできなかった。

 ひたすら目一杯投げるところから、意識改革を図った。悪い時にどうすればいいのか考え抜いた。様々な投げ方を試し、あえて「調子がよくないな」という日に投げ込んだりして、いい時と悪い時の違いを探した。気が付けば「3パターンくらい」の引き出しを駆使して、その日の調子を瞬時に判断し、修正できるようになった。自分の投球フォームへの理解を深め、投げる“タイミング”への意識が全く変わった。

「以前は、悪い時は本当に何もできずに終わっていました。でも今は、自分の身体やフォームがこうなっているから、こういうボールになっているというのを判断できるようになったと思います」

 その成果は、今夏の都市対抗野球本戦で見られた。1回戦で北海道ガスに0-1で敗れ「負けているわけですし、悔いの残るボールはあります」と振り返る一方で「でも、自分としては粘れたかな」という感覚が残った。スタンドにはスカウトがズラリ並び、実戦力を高く評価する声が聞かれた。着実な“進歩”は、プロの目にも止まっていた。

父との猛練習がプロへの礎「きついな、と思ったこともありますけど…」

「プロ野球は夢とか憧れの世界ですけど、不思議と無理だとは思ったことがないんです。負けず嫌いというか、諦めたくないんですよ」と言う。それは「参考にしている選手はいますけど、目標とする選手はいません」という考え方にも通じる。

 身体の使い方や投げるタイミングは、山本由伸投手(オリックス)や千賀滉大投手(ソフトバンク)といった当代のエースたちを見て学んでいる。フォークボールが大きな武器なのも共通している。ただ彼らは“目標”ではない。そう考えた時点で、成長が止まると考えているのだ。

 プロへの基礎を作ってくれたのは、父・裕二さんとの個人練習だった。小学校5年生から硬式球でプレーした。さらに平日も、午後3時に家に帰れば夕食をとる午後6時ころまで練習。食事後また外に飛び出し、9時過ぎまでひたすら投打の練習に明け暮れた。裕二さんは本格的な野球歴はないものの、野球技術を学んでまで吉村との練習に付き合った。「当時はそりゃ、きついな……と思ったこともありますけど、今では感謝しかないですよね」と、感謝の念は日々大きくなっている。

 今後、目指す投手像について聞くと「チームを勝たせられる投手になりたいと思っています。みんなから求められるような、『この1戦は吉村で頼むぞ』と言われる投手になりたい」と言い切った。アマ有数の即戦力右腕は今後、どのような道を歩んでいくだろうか。

〇吉村貢司郎(よしむら・こうじろう)1998年1月19日、東京都生まれ。足立区興本小2年で野球を始め、足立第八中時代はボーイズリーグでプレー。日大豊山高では3年夏の東東京大会準優勝が最高成績。国学院大4年時にプロ志望届を提出するも指名漏れし、東芝入り。趣味は温泉巡り「好きな湯は熱海とか…風景もいいですよね」。身長183センチ、体重85キロ。右投右打。(羽鳥慶太 / Keita Hatori)