世界を回っていれば、危険な目に遭うこともある。蹴球放浪家・後藤健生も、リスクゼロで取材を続けているわけではない。今回は…
世界を回っていれば、危険な目に遭うこともある。蹴球放浪家・後藤健生も、リスクゼロで取材を続けているわけではない。今回はインドネシアでの悲報に、南米での危険なゲームを思い起こす。
■小銃を取り出した警察官
さて、バスに乗ってスタジアムに向かいました。バスの前後に2台ずつの白バイ(警察のバイク)が付いて警護してくれています。
スタジアムに近づくと、何しろこういう重要な試合ですから群衆が溢れ、また警備体制も実に物々しいものでした。
そして、こういう状態だと「外国人が大勢乗ったバス」というのは群衆から敵視されるものです。こちらは日本人の団体であって、別にアウェーチーム関係者でも審判団でもないのですが、興奮した群衆は見境なく外国人のバスを襲ってきたりするわけです。
多くの群衆がバスを取り囲みました。そういう場も何度か経験したことがあるので、僕は「ちょっと危険な雰囲気だな」と思って眺めていました。
すると、警備に付いていた最後尾の警察官が取り出したのは何だと思いますか。「催涙弾?」 ブッブーッ、警察官が取り出したのはなんと小銃でした。
バスの前後、各2両のバイクにはそれぞれ2人の警察官が乗っていて、後ろの座席に乗っている警察官がいきなり群衆に向けて小銃を発射し始めたのです。僕は、群衆に向けてバイクの警察官たちが小銃をぶっ放しているという、なかなかシュールな光景をバスの車窓から見物していました。
もちろん、小銃には実弾が入っているわけではなく、いわば威嚇射撃だったのですが……。
■反対側から流れてきた催涙ガス
こんな“過剰な”警備をする理由もある程度は理解できました。
というのは、僕は同じ2001年の4月に『サッカー批評』の取材でアルゼンチンを訪れていたのですが、その時に「スーパークラシコ」ボカ対リーベルプレートの試合を取材していたからです。熱狂的なインチャ(サポーター)たちの入場の様子を見ていると、数十人ずつ集められて警察から徹底的な身体検査を受けています(すぐに別の場所に連れていかれてしまいます)。そして、彼らの服や下着の中からは大量の武器が出てきました。
とにかく、僕たち「日本人ビジネスマン様御一行」は南側のゴール裏の席に入りました。大量の偽チケットが出回っているらしく、かなり混乱はしましたが、無事にキックオフ。
ところが、試合が始まって8分が経過したころ、僕たちの席の反対側、つまり北側で異変が起こりました。選手たちが突然立ち止まってプレーを止めてしまったのです。それまで騒いでいた観客たちも大声を出すのを止めてザワザワとしています。その不気味な「波」は北側から南に向かって広がってきました。そう、催涙ガスが流れてきたのです。
後で聞いたところによると、スタジアムの北側に入場できなかったインチャたちがいて、外で騒ぎ始めたんだそうです。それに対して、警察側が催涙ガスを発射。そのガスが、スタジアム内に流れ込んだのだそうです。
■最強クラブ決定戦の行方は…
もう3年も早く生まれていたら、僕も「70年安保闘争」の頃に催涙ガスを経験していたかもしれませんが、僕は催涙ガスを経験したのはこれが初めてでした。1978年にペルーでゼネストに遭遇した時には催涙弾の水平撃ちを受けましたが、ガス自体は経験していません。
スタジアム外で撒かれた催涙ガスが南側ゴール裏まで拡散してきたのですから、ガスはかなり稀釈されていたはずです。それでも、たしかに息苦しくなりました。やはり、スタンドにいきなり催涙弾をぶっ放すなどということは、絶対に止めたほうがいいと思います。
もっとも、ボカを警備しているアルゼンチンの警官隊は、その辺のことはよくわかっているはずですから安心です。この程度のファンの過激化などは、ボカでは日常茶飯事。暴れる方も、鎮圧する方もプロなのです。
試合は前半43分にCKからパレンシアが決めた1点を守り切って、アウェーのクルス・アスルが勝利。PK戦が行われて、なんとかボカが勝利しました。おかげで、帰りは銃撃戦も催涙ガス攻撃もなく、無事に変えることができました。