) 大学を卒業し、引きこもり生活を送っていたハイパーミサヲ。ある日、母親の付き添いで東京ビッグサイトの「ハンドメイドインジャパンフェス」に行った。死ぬ気力もない。生きる気力もない。なんの感情もない。曰く「無風みたいだった」ミサヲはそこで、プ…

 大学を卒業し、引きこもり生活を送っていたハイパーミサヲ。ある日、母親の付き添いで東京ビッグサイトの「ハンドメイドインジャパンフェス」に行った。死ぬ気力もない。生きる気力もない。なんの感情もない。曰く「無風みたいだった」ミサヲはそこで、プロレスと出会う――。



2021年12月のハードコアマッチで、頭から画びょうをかぶるハイパーミサヲ(写真提供:東京女子プロレス)

 2014年7月19日、DDTは東京ビッグサイトで路上プロレスを開催。高木三四郎&葛西純vs伊橋剛太&佐々木大輔vs彰人&HARASHIMAvsマサ高梨&坂口征夫による「エニウェアフォール4WAYタッグマッチ(時間無制限1本勝負)」。

 エニウェアフォールマッチは、文字どおり、リング外でのフォールも認められている「なんでもあり」の試合形式だ。屋外のステージに設置されたリングで試合がスタートするも、選手たちはすぐさま屋内のブースに乱入。割れ物のハンドメイド作品が陳列されているすぐそばで、激しい試合を繰り広げた。

「絶対、そんな場所で暴れちゃいけないんですよ。でも"やっちゃいけないことをやっている大人"というのが新鮮で。こうだからこうしなきゃいけないっていうのは関係ないんだなって、感動したんですよね。闘う姿が人生と重なって見えたんです」

 あとから調べると、高木はDDTの社長だということがわかった。大の大人で、しかも社長が、一番やってはいけないことをしている。それまで枠のなかでしか選択してはいけないと思っていたミサヲは、衝撃を受けた。すぐにDDTビアガーデンプロレスを観戦し、翌月、両国国技館大会に足を運んだ。

 東京女子プロレス提供試合。自分と変わらないような普通の女の子たちが、熱い闘いを繰り広げている。女子もプロレスをやっていいんだ――。その日のうちに入門を決意し、東京女子プロレスの甲田哲也代表にメールを送った。とんとん拍子に話が進み、9月上旬には練習生になった。

 それまで親の仕送りで生活していたが、自活することにした。自分なんかが働ける場所なんてない、と思っていたが、プロレスに出会って「なんでもいいからお金を稼げば生きていける」と前向きになった。両親には「このまま何もしなかったら、私はたぶん本当に何もできない。将来、別の何かをするにしても、プロレスを挟まないと次の一歩を踏み出せない」と説得した。

「それまでの人生は、ファミレスのメニューのなかから選ぶみたいなイメージだったけど、プロレスに出会ってからは『シャトーブリアン食べたいから、出して!』みたいな(笑)。急に強気になるっていう。初めて誰の影響も受けずにした選択がプロレス入門でした」

「らしくあらねばならない」を破壊したい

 2015年2月28日、新宿FACE大会にて、MIZUHOと組み、対KANNA&木場千景戦でデビュー。上下の緑ジャージに、布のアイマスク、唐草マントという出で立ちだ。ミサヲはデビュー戦から一貫して、ヒーローキャラを貫いている。

「ビッグサイトで見た路上プロレスで、プロレスラーがヒーローに見えたんです。自分の感情が無だったところを動かしてくれたのがプロレスラーだったので、応募する時も『プロレスラーみたいなヒーローになりたい』って書きました」



自身の人生について語ったハイパーミサヲ

 マスクを着けることにしたのは、本当の自分に自信がないから。「本来、自分は人前に出るような人間ではない」という思いがある。しかしプロレスに出会い、ヒーローになりたいという欲求を持ってしまった。その矛盾を、マスクを着けることによって解消している。

 子供の頃から繊細で、心の闇が深い。今でもふだんの生活では生きづらさを感じている。しかしリング上では、明るくコミカルに道化てみせる。

「逆張り人間なんですよね。『らしくあらねばならない』みたいに決めつけられるのが本当に嫌なんです。勝手な思い込みなのか、社会からの見えざるメッセージなのか、そういうものに振り回されて苦しめられてきた人生なので、そういうものを破壊したくて、ふざけたことをやっている」

「ヒーローになりたい」と言いながら、ヒーローらしからぬゲスな反則技を使う。東京女子プロレスらしく、可愛く華やかなプロレスをしなければいけないのかもしれないが、真逆の路線を行く。2020年11月、結婚したから引退するのかと思いきや、現役を続行した。

 ハイパーミサヲは、ありとあらゆる固定観念を破壊したい。

デスマッチで味わった「生きてる感じ」

 目指すプロレスラー像は、マリーナ・アブラモヴィッチ。ユーゴスラビア出身のパフォーマンス・アーティストだ。自身の肉体に暴力を加える過激なパフォーマンスで世界的に知られる。

 代表作は、1974年の実験的パフォーマンス「Rhythm 0」。アブラモヴィッチは観衆の前に身をさらし、観衆に72の道具(口紅、香水、はさみ、ナイフ、鞭、注射器など)を与え、6時間にわたって彼女の体に対して意のままにそれらの道具を使わせた。次第に観衆の自制心が薄れていき、彼女の服を引き裂く、叩く、血を飲むなどの欲動に走り始め、遂には装填した銃を身につけた男が彼女を脅かすまでに至った。あまりの恐怖で、終演後、彼女の頭髪の一部は白髪になったと言われている。

「私も自分の人生のすべてをプロレスに出したいと思っていて。人の残酷な部分とかもそうだし、人生をプロレスで表現したい。私が憧れたプロレスラーって、高木さんとか、(マッスル)坂井さんとか、人生をそのままプロレスに出している人たちなんですよね。自分が今までやってきたいろんな失敗も、プロレスだったら表現として昇華できる」

 自分の体を作品の一部として傷つけるという点において、アブラモヴィッチのパフォーマンスとプロレスは似ている部分があると考えている。傷つけることが目的ではなく、表現の手段として傷つくこともある。わかりやすいのが、ハードコアやデスマッチだ。

 2018年5月3日、東京女子プロレス・後楽園ホール大会にて葛西純とエニウェアフォールマッチで対戦。パイプ椅子、ラダー、テーブルを使った過激な試合展開になった。そこでミサヲはハードコアの楽しさに目覚め、2021年12月18日、DDT・名古屋国際会議場イベントホール大会において、勝俣瞬馬とハードコアルールで対戦。竹串を額に差し合い、大量の画びょうにまみれ、試合はデスマッチの様相を呈した。

「楽しかったですね、すごく。やっぱり、わかりやすく痛いですよね。プロレスの受け身で緩和される痛みじゃないんですよ。画びょうとかレゴとか、受け身の取りようがないので、本当にダイレクトにくる。逃げ場のない痛みというか。そこで"生きてる感じ"を味わっているんだと思います。チャンスがあればハードコアマッチもデスマッチももっとやりたい」

お客さんの反応がすべて

 子供の頃から絵を描くことが好きで、「表現したい」という気持ちが強かった。その根底にあるのは、世界への違和感だ。

「環境なのか生まれ持ったものなのかわからないですけど、世界とのズレをずっと感じていて。表現することでそのズレを緩和というか、作品に昇華してなんとか生きていかなきゃっていう。プロレスに出会っていなかったら、リアルに死んでたと思う。今、死ねない状況でなんとか生きて行くためには、プロレスをするしかない」

 プロレスの試合をしていて、純粋に楽しいと感じるかと尋ねると、「私にとってはお客さんの反応がすべてです」と答える。

「なんとかみなさんにチケット代金くらいは得をしてもらいたい。お客さんに楽しんでもらいたいというベースがあるから、なんでもできるんだと思うんですよね。かつ、自分が無の状態だった時にプロレスに感情を引き出してもらった経験があるから、かつての自分みたいな子に対して、自分も同じようなことができたらいいなという気持ちがあります」

 ハイパーミサヲにとって、プロレスは生きることと直結している。心にどうしようもない闇を抱えながら、それでも生きるために、彼女は今日もリングの上で叫ぶのだ。

「会場にお集まりの大きいちびっ子たち、こーんーにーちーはー! 東京女子プロレス、愛と平和を守るニューヒーロー、ハイパーミサヲのお出ましだー!」

【プロフィール】
■ハイパーミサヲ

1990年1月3日、茨城県生まれ。165cm。青山学院大学文学部卒業後、引きこもり生活を送る中、東京ビッグサイトで開催されたDDT路上プロレスを観戦し、プロレスラーを志す。2015年2月28日、東京女子プロレス新宿FACE大会にて、MIZUHOと組み、対KANNA&木場千景戦でデビュー。2018年5月3日、後楽園ホール大会にて、葛西純とエニウェアフォールマッチで対戦。「東京女子プロレスの愛と平和を守るニューヒーロー」として、コミカルな試合を展開している。