サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト・大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マ…
サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト・大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回は、「天狗のうちわ?」
■止まらない進化の歴史
その後、GKたちはさまざまな工夫をした。1920年代のイングランドのあるGKは、指を出す形で包帯を手に巻き、強シュートに対する保護とともにグリップ力を高めようとした。1950年代から60年代にかけてアーセナルで活躍したジャック・ケルシーというGKは、試合前にチューイングガムをかみ、それを両手に貼りつけてキャッチングを安定させようとした。1960年代前半にノルチェーピンで活躍したスウェーデン代表GKベント・ニイホルムは、はえ取り紙を手のひらに貼りつけ、ケルシーと同じ効果を狙った。
やがて1960年代には、布または革製のグローブに卓球ラケットのラバーを縫い付けたものが主流になる。イボイボのついたラバーを細く切り、手のひらや指に、そしてパンチ力を高めるためにこぶしの部分に縫い付けるのである。イングランドの伝説的GK、ゴードン・バンクスは、こうしたグローブを着けて1970年のメキシコ・ワールドカップに臨み、ブラジル戦で左ポスト根本にたたきつけられたペレのヘディングシュートを右ポスト前からすばやく7メートル移動してはじき出したのだ。
そして世界は1970年代半ばの「マイヤー・グローブ」をきっかけに次々と新しいアイデアを盛り込んだGK専用グローブの時代にはいる。「アディダス」は指の負傷を防ぐために中にプラスティックを入れたグローブを開発した。容易に想像されることだが、「指が曲げにくい」と不評だった。「プーマ」はひじ近くまである長いグロ-ブを発売し、アーセナル時代のペトル・チェフに着用させた。2013年、バイエルン・ミュンヘンのGKマヌエル・ノイアーは「アディダス」に「右手だけ4本指」のグローブを特注した。練習中に痛めた人さし指と中指を保護するためのものだったという。
■極めつけの「ペナルティー・セーバー」
極めつけは、「ソンディコ」社がつくった「ペナルティー・セーバー」という名の「3本指」のGKグローブである。親指と人さし指は独立しているが、他の3本の指はまとめられた「ミトン」タイプ。PK戦専用だった。PK戦では、ボールをキャッチする必要はない。はじき返すかはじき出せばGKの勝ちだからだ。このグローブはボールに当たる面積が広くなり、はじく力が増すというアイデアだった。
このグローブを入手し、マンチェスター・シティとの2013年FAカップ決勝戦に密かにバッグに入れていったのが、ウィガン・アスレチックのGKアリ・アルハブシだった。オマーン・サッカー史上最高の選手とされ、オマーン代表136試合。194センチの長身に冷静な判断力と信じ難い反射神経の持ち主で、PKストップのスペシャリストでもあった。
彼はウィガンの控えのGKだったが、もしもPK戦になったら必ず出番がくると確信し、「ソンディコ」製のグローブをバッグに入れてウェンブリースタジアムに向かった。試合は0-0のまま終盤を迎え、アルハブシは胸を高鳴らせた。しかし後半39分にシティのDFパブロ・サバレタが退場、勢いを得たウィガンは、アディショナルタイムにはいって間もなく、右CKを受けたベン・ワトソンが見事なヘディングシュートを決めて勝負をつけた。もちろん、アルハブシはベンチから飛び出して狂喜したが、彼も「ソンディコ」の「ペナルティー・セーバー」もカップファイナルの大舞台で出番を得ることなく終わった。
■本当に大事な要素は何か
最近では、2021年の欧州選手権(EURO)決勝でイタリアのジャンルイジ・ドンナルンマが使った「アディダス」のグローブが話題になった。イボイボどころか、なんと288本もの「トゲ」をこぶしの部分に出っ張らせているという恐ろしいグローブなのである。ゴム製なので危ないわけではないが、トゲは数ミリから1センチほどもある。これでパンチングのパワーが増大するという売り文句だった。これはいまも販売されていて、定価は1万6500円である。
新しいアイデアが盛り込まれ、新素材が使われ、これからも、GKグローブは進化の一途をたどるだろう。だがグローブがシュートを止めてくれるわけではない。たしかにグローブを使うと吸い付くようなキャッチングができるが、それは両手を正確にボールの形に合わせたときだけだ。試合前のウォーミングアップでは練習用のグローブを使い、試合には新しいグローブをおろす現代のGKたち。だがそれほど神経質になることはないのではないかと、私などは思ってしまうのである。
1951年のFAカップで、ニューカッスル・ユナイテッドのジャック・フェアブラザーは、試合前にグローブを忘れてきたのに気づいた。1月の寒い日だった。彼はあわてず、キックオフ前にゴール裏を通りかかったひとりの警察官(場内をパトロールしていた)を呼び止め、「手袋を貸してほしい」と頼んだ。警官は喜んで貸してくれた。試合はニューカッスルの勝利に終わり、その後傷んで使えなくなると、同じ手袋を手に入れようと、フェアブラザーはマーケット通りにある警察署を訪ねるのが恒例になったという。