新大関・髙安が誕生した。日本相撲協会は5月31日、両国国技館で名古屋場所の番付編成会議と臨時理事会を開き、夏場所を11勝4敗で終えた関脇・髙安(27歳・田子ノ浦部屋)の大関昇進を承認した。都内で行なわれた昇進伝達式の口上では、「大関の…

 新大関・髙安が誕生した。日本相撲協会は5月31日、両国国技館で名古屋場所の番付編成会議と臨時理事会を開き、夏場所を11勝4敗で終えた関脇・髙安(27歳・田子ノ浦部屋)の大関昇進を承認した。都内で行なわれた昇進伝達式の口上では、「大関の名に恥じぬよう、正々堂々精進します」と、大関としての責任を果たす決意を述べた。




大関昇進の伝達式を終え、兄弟子の稀勢の里(左)と握手する髙安(右) 髙安にとって、夏場所は2度目の「大関取り」がかかった場所だった。初の挑戦となったのは昨年の九州場所。昇進の目安となる「三役での3場所33勝」まであと12勝に迫っていたが、7勝8敗の負け越しを喫してしまった。場所後に「精神的に強くならなければいけない」と明かしたように、重圧に押しつぶされた結果だった。

 すべてが振り出しに戻り、心機一転で臨んだ今年の初場所で、同部屋の兄弟子・稀勢の里(30歳)がついに初優勝を飾って横綱昇進を決めた。「絶対にあきらめず努力を続ければ夢はかなう」。優勝パレードで旗手を務めた髙安にとって、隣でファンの歓声を浴びる兄弟子の姿はまぶしかった。

 実際のところ、尊敬する稀勢の里の存在が、髙安を大関まで導いた側面はあるだろう。「茨城県出身・中学卒業後に入門」と、自身と同じ道を辿る髙安を本当の弟のように目をかけ、稽古場では胸を出し、土俵を離れれば友人のように向き合った。厳しい指導で知られる先代の鳴戸親方(元横綱・隆の里)の稽古から逃げることなく、真正面から努力し続ける兄弟子の姿は常に髙安の目標だった。

 2011年の九州場所を前に先代の師匠が急逝してからは、稀勢の里と2人で切磋琢磨してきた。兄弟子の横綱への道は険しかったが、周囲から批判を受けても腐らずに稽古を重ねて悲願の初優勝。横綱を昇進した直後に、稀勢の里は「髙安のおかげで横綱になれた。次は髙安を大関にすることが自分の役目」と話してくれた。それが何よりも嬉しく、大関昇進への気持ちをさらに強くした。

 新横綱誕生に日本中が沸く中、稀勢の里は春場所で左腕にケガを負いながら劇的な逆転優勝を飾る。支度部屋でその姿を見た髙安は人目もはばからず涙を流し、「いい結果になって感動しました。まさかの展開にこみ上げるものがありました」と体を震わせた。鋼のような精神力が肉体を上回ることを、身をもって教えてくれた稀勢の里。だからこそ、髙安は夏場所の前に「全勝して大関に昇進したい」と自らに高いハードルを課し、重圧に打ち克とうとしたのだ。

 その夏場所で、稀勢の里は左腕の負傷の影響で11日目から途中休場となったが、横綱の責任を果たすために出場に向けて調整する姿、勝っても負けても懸命に土俵を務める姿は大きな刺激になった。稀勢の里の想いを背負った髙安は11勝を挙げ、3場所で34勝と文句なしで大関昇進を決める。千秋楽後の打ち上げパーティーで、稀勢の里から「おめでとう」と声をかけてもらった。短い言葉だったが、そこには弟弟子にしか分からない「重さ」があった。

 髙安は夏場所を振り返り、「勝負の場所だった。ずっと緊張感があったので解放されてホッとしている」と重圧に打ち克った充実感を口にした。また、大関昇進には「入門した時はまったく想像できなかった。信じられない気持ちが強いですね」と感慨にふけった。2005年春場所で初土俵を踏んだ後、猛稽古と部屋での生活になじめず部屋を脱走し、何度も茨城・土浦の自宅に帰ったこともある。そんな経験を持つ男が漏らした言葉は、おそらく本音だろう。

 苦しい時期を乗り越えた髙安は、新十両、新入幕、新三役すべてで、平成生まれの力士として初昇進を記録。大関昇進こそ照ノ富士(25歳・伊勢ヶ濱部屋)に先を越されたものの、日本出身では大関一番乗りだ。新大関としての目標は「優勝です」と、2006年夏場所の白鵬以来となる新大関Vを狙う。稀勢の里は大関になってから横綱昇進を果たすまでに31場所かかったが、髙安が名古屋場所で賜杯を抱けば、年6場所制となって以降では北の湖、千代の富士、朝青龍の所要3場所を上回る、大関在位2場所での横綱昇進の夢も見えてくる。

 2010年の九州場所で新十両に昇進した際、先代の師匠は化粧回しのデザインに無声映画時代からの「喜劇王」チャールズ・チャップリンの映画の1シーンを選んだ。その理由について、「チャップリンは、言葉がなくとも世界中の多くの人を感動させた。髙安も土俵での姿、立ち居振る舞いだけでお客さんの気持ちを引きつける力士になってもらいたい」と明かしていた。

 それから6年以上の年月を経た現在、右からの強烈なかち上げで相手をはじき飛ばす立ち合いは、ひと目見ただけで観客に感動を与える武器となった。大相撲の看板を背負う立場になったことで、さらに技を磨いていく必要はあるが、「中途半端な覚悟では取れない地位。模範になるような堂々とした大関になりたい」と自覚は十分。何より、大関の地位に満足せずに精進を続け、横綱に上り詰めた稀勢の里が気を引き締めてくれる。

 大関になっても、しこ名は本名の「髙安」のまま。同部屋に在籍する日本出身の横綱と大関が同時に番付に位置するのは、2000年夏場所の二子山部屋の横綱・貴乃花と大関・貴ノ浪以来、17年ぶりとなる。今年は3場所を終えた時点で髙安の34勝がトップ。2位は稀勢の里の33勝で、「キセ・タカ」の兄弟弟子での年間最多勝争いも見どころになる。稀勢の里の背中を追い、横綱に挑むストーリーが7月の名古屋から始まる。